海外進出企業インタビュー

掲載日:2018年5月31日

海外進出企業

日本の良質な教育サービスを世界の子どもたちに提供する 「学研ホールディングス」

プロフィール

株式会社 学研ホールディングス

グローバル戦略室 室長

新井邦弘

日本の上質な教育コンテンツ・サービスを、地域や国籍を問わず、世界中のユーザーに提供する「グローバル事業」を統括。学研グループでは、教育・塾事業や出版事業に加えて、日本語教育など現地と日本をつなぐ新規事業も提供している。

海外における日本の教育サービスは成長産業である

最初に学研ホールディングスの「教育事業」におけるグローバル展開の概要について教えてください。

一言で言いますと、学研グループとして蓄積してきた「学びのコンテンツ」を、「教室・塾事業」や「出版事業」などを通して、世界中の子どもたちに提供している、ということになります。

出版事業としては、日本で発行している書籍や教材などを、海外の出版社と提携して翻訳し出版することで、"学び"を届けています。また、教室・塾事業においては、"考える力"を身につける「学研教室」や「科学実験教室」を展開することで、世界の子どもたちに"学びの楽しさ"を伝えています。

教育事業のグローバル展開をスタートさせたのはいつ頃からになるのでしょうか?

1980年代より、"モノづくり"の海外展開として香港に拠点を設立し、弊社の教育商材の生産拠点として活用したり、2008年には中国で出版事業の合弁会社を設立したりしました。

ただ、グループ全体として明確に「グローバル戦略」を大きな柱のひとつとして掲げたのは、弊社の現代表取締役である宮原(博昭)体制がスタートして、2011年にグローバル戦略室を設置してからですね。

時代の流れとして、紙中心だった出版事業の「デジタル化」や、PCやタブレット端末やインターネットといった情報通信技術を活用した教育手法である「教育ICT」と併せて、事業の「グローバル化」を推進していく方向に舵を切った形になります。

少子化の影響もあり、国内の教育事業の市場はシュリンクしていくというのが一般的な見方だと思いますが、将来への危機感というのも…?

当然ありました。マーケットが縮小していくことは、それこそ10年も20年も前から分かっていたことですが、自社の経営戦略として、グループ一丸となって取り組んでいこうと明確に掲げるようになったのが、現体制になってからということですね。

先述の教育サービスのグローバル展開における「教室・塾事業」において、現在「学研教室」と呼ばれる海外の教室を展開している地域は?

ローカル向けでは、タイ・ミャンマー・マレーシア・インドネシア・インドなどで。海外在住の日本人向けではオーストラリアやドイツ・フランスなどでも行っています。

近年は特にASEAN地域を中心としたグローバル事業に力を入れています。アジア各国における日本の教育サービスの信頼度が非常に高いことから…具体的に言いますと、詰め込み型の知識偏重ではない、子どもたちに自ら考えさせるようなコンテンツと丁寧な指導法が、「日本型教育」というひとつのブランドとして、アジア各国でリスペクトされているという背景があります。

2013年に、シンガポールとマレーシア(クアラルンプール)に駐在員事務所を立ち上げた後に、2年後の2015年には、アジア事業を総括するヘッドオフィスとして「Gakken Asia Pacific Pte.Ltd.」をシンガポールに設立しました。

そのヘッドオフィスの設立をもって、明確な戦略としてASEAN市場をターゲットとしたということになりますね。

シンガポールを統括拠点とした理由は?

多くの日系企業がシンガポールにASEAN地域の統括拠点を置く理由に近いですね。法規制などの面において会社が設立しやすいとかは当然あります。

教育事業に関して言いますと、シンガポールはASEANにおいてもっとも教育水準が高い国で、その徹底したエリート教育と外国人の高度人材の誘致など、周辺国の教育関係者も、教育立国として成功しているシンガポールを絶えず気にかけている状況ではあります。ですから、その教育事情を調査するという情報入手の面でも、同国に拠点を置く意味は大きいのかなと。

ただ、シンガポールの方々に、私たちの教育サービスを直接提供するというのが主目的ではなく、あくまでヘッドオフィスとしての拠点であり、周辺国であるタイやミャンマーやインドネシアといった国々では、それぞれのエリアのマーケットリサーチをした上で、現地密着型のオペレーションを遂行しています。

今回は、その現地密着型のオペレーションである、インドネシアとミャンマーという2つの国における、学研ホールディングスならではの教育サービスにフォーカスしたく思い、インタビューをお願いしました。

ありがとうございます。お話しするにあたって、まずはインドネシアとミャンマーの両国で展開している弊社の教育サービスは、双方ともコンセプトやオペレーション方法が異なるということをご理解いただければと思います。

わかりやすく整理して申し上げますと、教育の場を用意して独自の教材と指導方法でサービスを提供する「学研教室」というものがあります。いわゆるフランチャイズ型のビジネスモデルでして、日本国内で全国展開しているように、海外でも国ごとのフランチャイズビジネスとして展開していこうというプランが基本設計となっています。

これはヤンゴンやバンコクやクアラルンプールなどでも展開しており、おかげさまで現地の方々からもご好評をいただいております。ただあえて懸念事項を申し上げますと、日本と同様に、毎月の月謝を現地の生徒さんからいただくというビジネスモデルですので、どうしてもASEAN地域ですと、所得水準の面から見ると、アッパーからアッパーミドルの層にターゲットが限られてしまう現状があるんですね。

今後経済発展が進み、所得水準が上がっていけば、ミドル層にも降りてくるはずなのですが、初期の段階ではビジネスモデルとして仕方がない面もあるのかなと思っている次第ではあります。

ただ、その「学研教室」とは異なる、もうひとつのビジネスモデルである「アフタースクール事業」を、2017年にインドネシアの南スラウェシ州に位置するパレパレ市にて、試験的にトライすることができたのです。

具体的に「アフタースクール事業」とは、どのような教育サービスなのでしょうか?

言葉通りの、放課後の小学校の教室を使った教育サービスです。私たちは「放課後教室」とも呼んでいます。子どもたちの教材は「学研教室」の算数教材をインドネシア語に翻訳して使用し、指導者は地元小学校の先生を起用することで、私たちの持つ指導ノウハウも提供するという形になっています。

そもそもパレパレ市は、インドネシア国内でも決して教育水準が高い地域ではありません。本来なら、所得水準もかんがみても、親御さんから月謝をいただくような、フランチャイズ型の「学研教室」を展開するのは難しいエリアです。

ただ幸運にも、インドネシアの南スラウェシ州にて、学研グループ内の医学・看護専門出版社(学研メディカル秀潤社)が、「インドネシアの医師・歯科医師を対象としたeラーニング事業」を手がけており、そのご縁もあって、同じ州の自治体であるパレパレ市の市長さんとのつながりが生まれたんですね。

その市長さんから「日本からの優れた医療と、優れた教育を導入できれば、地域住民にとっても非常に有益だ」という旨の要望をいただきまして、医療の次は教育でという流れで、トライアルで始めたのが、インドネシアのパレパレ市におけるアフタースクールというチャレンジになります。

ありがたいことに市のバックアップとして、公的予算を投下することも決定し、場所も放課後の教室を使用することで、地代もかからない。先ほどお話ししたように、教材と指導方法は、学研のノウハウを提供するという、理想的な形でスタートすることができました。

つまり、これまでリーチできなかった(所得的に教育に投資するのが困難な)ユーザー層に自社のサービスを届けることが可能になったと?

おっしゃるとおりです。弊社グループの理念の冒頭には、「私たち学研グループは、すべての人が心ゆたかに生きることを願い…」という一文があるのですが、日本に限らず、海外においても、子どもたちの教育に課題を持っている地域があり、かつ私たちのサービスでその課題を解決できるのであれば、これほど嬉しいことはありません。その大きな理由のひとつが、親御さんが教育費用を捻出するのが難しいということであれば、なおのことですね。

またビジネス的な側面としても、まだまだ従来のフランチャイズ型のビジネスが浸透しづらい市場で、いゆわるフィジビリティスタディー(プロジェクトの実現可能性を事前に調査および検討すること)として機能すると判断しての実施となっています。

実際に「放課後教室」では、どのような授業を行っているのでしょうか?

あえて申し上げますと、日本と比較した場合、現地での公教育における学校現場の教育方法は、旧態依然とした状況です。

先生が黒板の前で教えていても、子供たちはただ聞いているだけで、仮に内容が理解できなくても、あくまでカリキュラム重視ということで、どんどん授業が進んでいってしまう。そのうち何を言っているのか分からなくなり、授業についていけなくなる…というような悪循環も存在します。

そもそも、子どもたち1人ひとりの理解度を考慮せず、カリキュラムベースで授業が進行するので、子どもたちが自分の学力に自信を持つことが難しい。だから絶えず先生の顔色をうかがいながら、ただ言われたことだけをやって、問題を出されても、自分で深く考えることはせず、すぐに答えを確認したがるんですね。

そのような状態でしたので「放課後教室」では、1人ひとりの理解度を確認して学習を進めることを心がけました。なによりも学ぶ喜びを知ってもらう、具体的には、子どもたちの学習レベルに合わせて、それぞれに合った教材を使用して、自分でしっかりと考えてもらうようにする。理解が深まれば、自ずと自信も生まれるし、何より勉強が楽しくなる。

現場での子どもたちの反応を見ながら、加えて先生たちの指導スキルも考慮しながら、オリジナルの教材を開発することで、トライ&エラーを繰り返していきました。

まさにローカライズをほどこした教材ということですね。

そうですね。また、そもそも「学研教室」では、単に学力の向上ではなく、子どもたち自身の成長という、いわゆる「徳育」も重要視しています。忘れ物をしたときの借り方や、整理整頓といった基本的な生活態度も指導することで学習態度が身につき、「アフタースクール事業」の実施前と実施後では、子どもたちの学力が2倍以上に向上するなど、飛躍的な効果が見られました。

現地で校長先生にお話をうかがうと、「放課後教室」を導入してからは、多くの子どもたちが勉強に集中するようになって、先生に採点してもらうときはきちんと列を作る、親御さんからは家でも生活態度に変化があったという声もいただいています。

「勉強が楽しい」と感じてもらえたみたいで、朝は具合が悪くて学校を休んだ子でも、「アフタースクールには行きたい」と言うような声も聞いています。

そんな1年間の試行錯誤を経て、おかげさまで2018年からは、パレパレ市の小学校全校で「放課後教室」がスタートしています。

では、同じように2018年の秋までに、現在の約2倍の30教室に増やすという計画があるという、ミャンマーでの「学研教室」についても教えてください。

先述のように、ミャンマーでの教育事業では、パレパレ市のアフタースクールとは異なり、従来のフランチャイズ型のビジネスである「学研教室」(「Gakken Classroom Myanmar」)を展開しています。

あくまでも相対的な見方ではありますが、ASEANの中で比較した場合、タイやマレーシアなどは、所得水準も教育水準も高く、例えばバンコクでしたら、すでに民間教育サービスが溢れているわけです。競合他社として日系企業も進出していますし、もちろん地場企業による教育サービスも多数存在します。当然そういう市場はレッドオーシャンになるわけで、私たちのような後発ですと、現地でのブランド力が浸透していなければ困難な面が多々あるのも事実です。

ただ、ミャンマー(ヤンゴン)には、弊社の経営トップの強い意思もあって、早い段階で進出を果たすことができました。2015年になりますが、その時点で競合と呼べる日系企業もほとんどなく、軍政の時代が長く続いたこともあって、地場の民間教育サービスも豊かとは言えない状態でした。

ミャンマーは「アジア最後のフロンティア」とも言われていますが、そのようなブルーオーシャンに、長年日本でつちかってきた私たちのノウハウとスキルを提供することで、当初の予想以上に良い結果を生み出すことができたのではないかと分析しています。

現地法人設立当初は直営教室のみで手探りが続きましたが、現在はFCビジネスとして好循環を生み出している状況で、直営の「学研教室」が2教室、フランチャイズでは18教室、合計20教室を運営しており、ミャンマーでは最大手と呼べる規模の展開となっています。

ミャンマーでフランチャイズ型のサービスを提供する中で、同国の教育市場にどのような印象を持ちましたか?

ゼロからのスタートでしたので、フランチャイジー(加盟者)を募集することから始めたのですが、確かにフランチャイズビジネスにおいては未成熟と感じる面は否めません。しかし、それを上回るほど、教育に対して情熱を持っている方々が多くいらっしゃる印象を受けました。長い軍政を経ての民主化という社会背景からか、単なるビジネスとして捉えるのではなく、私たちが掲げる教育の理念に共感していただける方がたくさんいらっしゃったのが嬉しかったですね。

またこの春には、アジアにおけるベストフランチャイズを選定する際のミャンマー部門(「Myanmar Franchise Expo & Conference 2018」)にて、ベストフランチャイズ賞(「The Best Franchise Education Award」)を受賞いたしました。

それは素晴らしいですね。では、御社を含めて日系企業が教育サービスを携えて海外に進出を果たすことについては、どのように捉えているのでしょうか?

職務上、政府機関による様々な会合に出席することがあるのですが、例えば文部科学省さんでは、「日本型教育の海外輸出」というテーマを掲げたプロジェクトに取り組んでおられます。事実、海外からの日本型教育へのニーズは多々あります。その要因には、経済を背景とする日本の国力もありますが、実際に日本の教育現場を視察された海外の方々が感銘を受けているからであり、そこで必ず語られるのは、いわゆる「徳育」の部分なんですね。

日本の教育を受けた人間なら当たり前に感じている、給食当番や掃除当番といった、他の国々ではあり得ないとも言えるモラル教育を実践していることに、みなさん瞠目されるんです。

教育に限ったことではありませんが、海外からの視点で新たな価値を再発見できる「日本型教育」を、自信を持って海外に発信していこうという動きにつながってきています。

また経済産業省さんでは、日本のサービス産業の海外輸出に積極的ですが、教育はこの「サービス産業」のひとつとしてセグメントされていて、ビジネスとしても「日本型教育」を海外に輸出していこうという動きがあります。

事実、商社の方やコンサルタントの方と話していて、必ず挙がるのが「海外における日本の教育サービスは成長産業である」という話題なんですね。

確かにASEAN地域はもちろん、中東エリアやアフリカ諸国などでも、可処分所得における教育費の割合が急激に伸びていると言われていますが、商社が扱う天然資源や自動車などの産業と比べると、教育は決してスケールの大きいものではありません。長年、教育事業に携わっている側としては、「そこまで言う?」と思ったりします。それでも皆さん「ニーズがあるのは教育なんだ」と口を揃えておっしゃっていますね。

最後に、御社の海外事業としての「教育サービス」における将来の展望について教えてください。

教育事業というのは、泥臭いと言いますか、効率化だけを追求しても、決して満足する成果を得られるものではないと思っています。

フランチャイズビジネスである「学研教室」に関しては、小さな起業家の方々に手を挙げていただくビジネスでもあるので、先ほど申し上げたように、私たちが掲げる教育の理念に共感した上で参加していただく必要があります。当然、数さえ集めれば良いという訳ではなく、そのような方向に進んでしまうと、全体の質が下がるどころか、ブランドの毀損にもつながりますし、なによりも一番困るのはサービスを受ける子どもたちです。

「放課後教室」で試行錯誤を重ねて実感していますが、最終的に子どもたちが勉強を好きになってくれて、彼らが自主的に学ぶ力を向上させることが、教育事業に携わる企業としての使命だと思っています。

ただそれらを実現するには、国内はもちろん海外での更なる経験値を高めていく必要があることは間違いありません。事実、教育事業を携えて海外に進出を果たした日系企業としては、私たちは決してパイオニアではありません。ただ、学研ならではの教育サービスの価値を世界に認めてもらえるように、今後も地道にかつ愚直に、そして不退転の決意で進んでいきたいと思っています。

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