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- 最先端のIT立国『アルメニア』とは? 〜コーカサスのシリコンバレーと世界を繋ぐ 同国の頭脳集団のトップがその実態を語る〜
ティグランさんが日本で起業された背景を教えていただけますか?
そもそも自分は日本人だと思っていますので(笑)。それこそ10代の頃に来日して以来、中学・高校と日本のアメリカンスクールに通いながら、日本で生活してきました。
その後、スイスのフランクリン大学に留学しましたが、卒業後は日本に戻り、大手金融会社に就職。そこではアジアパシフィック部門のリーダーとして、アジア中の金融機関を相手にマネージメント業務に携わりました。
もともと自ら起業することをイメージしていたので、金融会社を退職後に、『MAIA株式会社』を設立しました。ほかに貿易関連の会社もありますが、現在はMAIAの経営に注力しています。
まずはアルメニアという国についてうかがいますね。そもそもアルメニアを称して、「ヨーロッパでも、ロシアでも、中東でも、アジアでもない」という言い方がありますが?
そうですね(笑)。ヨーロッパ南東部のコーカサスと呼ばれる地域に位置する、具体的には黒海とカスピ海の間に位置する内陸国です。北にはジョージア(旧グルジア)、東にはアゼルバイジャン、南にはイラン、西にはトルコがあります。
実際にアルメニアに行った方ならお分かりになると思いますが、その街並みはヨーロッパ風ですし、首都エレバンには、世界遺産にも登録されている教会が、そこかしこに見られます。
そもそもが、紀元301年にキリスト教を国教に定めた、世界でもっとも古いキリスト教国として知られていて、キリスト教関連の博物館もたくさんあります。「ノアの箱船」で有名なアララト山は、アルメニア民族のシンボルですし、世界最古の大聖堂である「エチミアジン大聖堂」には、その「ノアの箱舟の欠片」と、キリストを処刑した際に使用したとされる「ロンギヌスの槍」も展示されているんです。
またアルメニア料理には、アラブやロシアのテイストが含まれていますし、もともとアルメニアは旧ソ連圏に位置する国でした。中東諸国を含む世界中に数多くのアルメニア人が移民として暮らしています。
そもそも国内よりも海外在住のアルメニア人が多いと聞いています。
はい。アルメニアの人口は約300万人ですが、海外に住んでいるアルメニア人は約700万人と言われています。多くのアルメニア人が、ディアスポラ(離散の民)として、ヨーロッパやロシアを始め、アジアやアメリカなど世界中に分散して暮らしているんです。
そういう意味では、ユダヤ人と境遇が似ていますね。
そうですね。世界中にディアスポラがいることから、ユダヤ人と似たような歴史を歩んできたと言われることも多いです。
実際、世界最古のキリスト教国である反面、周囲をイスラム系の国々に囲まれていたこともあって、地政学的にも厳しい環境であり、過去には戦争や迫害や抑圧といった悲しい歴史もありました。
日本人がアルメニア人に抱くイメージとしては、日本マクドナルドの創始者である藤田田氏が、「商売においては、華僑やインド人やユダヤ人が束になっても、アルメニア人には敵わない」といった旨の言葉を残しています。
商売上手だとはよく言われますね(苦笑)。ロシアとかアメリカでも、似たようなことわざがありますよ。
あえて私自身が思う「アルメニア人の良いところ」を挙げますと…「フレキシビリティ・クリエイティビティ・イノベーション」の3つになると思います。この3つにおいて優れていることが、アルメニア人ならではの強みだと思っています。
また、さきほど「アルメニア人ネットワークは華僑ネットワークにも優る」とおっしゃってくれましたが、約1,000万人いるアルメニア人の約7割が海外に在住していることから、自ずとグローバルなネットワークが発展していったのだと思います。
それこそ小さい国にしては、世界で活躍しているビジネスマンの比率もかなり多いんですよ。さらにはビジネスだけでなく、アートや音楽やスポーツといった様々な分野でも、アルメニア系移民として活躍している人々がたくさんいます。
例えば…シャンソン歌手のシャルル・アズナブール氏は世界的にも有名ですよね。ちょうどさる5月に日本に来日したばかりなので、ご存じの方も多いかと思います。
ビジネス方面だと、アメリカの著名な投資家であるカーク・カーコリアン氏。自身が所有するMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)をソニーに売却したことでも知られています。
今風なところですと…Instagramのフォロワー数が1億人を超える、ヒップホップMCのカニエ・ウェスト氏のパートナーでもあるキム・カーダシアンさんも、世界的なインフルエンサーとして大きな影響力を持っていますね。
そのように少ない人口ながらも、各分野で成功を収めている人々が世界中にいるというのも、アルメニア人がユダヤ人と似ていると言われるゆえんかもしれません。
日本との関係ですといかがでしょうか?
残念ながら、これまでは国としてお互いに知らないことが多かったと思うのですが、近年はそれも変わりつつあります。以前は日本からの観光客は年間数十人程度でしたが、2015年より在アルメニア日本国大使館が設立されたことで、現在では数千人の日本人の方々がアルメニアを訪れてくださっています。
またアルメニアと日本の共通点として、天然資源に乏しいことが挙げられますが、それこそ隣国のアゼルバイジャンなどは石油に恵まれているのに対して、アルメニアには旧ソ連時代より、エネルギー資源をソ連に頼らざるを得ない状態でもあったのです。
それこそ資源に乏しい小国が生き残る術としては、国家戦略として観光立国を掲げるなどが挙げられますが…?
そうですね。アルメニアの場合は、それこそ何千年も前から優秀なアルゴリズム思想家や偉大な数学者を育んできた歴史があります。既に1950年代からソ連のコンピュータの設計やソフトウェア開発に注力しており、宇宙船や潜水艦など、旧ソ連におけるテクノロジー分野を支えてきました。
そして1980年代になる頃には、IT産業の集積地として更なる発展を遂げ、やがて「ソ連のシリコンバレー」と称される程になったのです。
つまり「ITと数学」を自国のUSP(Unique Selling Proposition=独自の強み)として掲げてきたということですね。
おっしゃるとおりです。古来よりアルメニアは、基礎科学と工学分野における優れた人材の教育と育成に注力してきました。それと同時に、先ほどお話ししたように、世界中に散らばっているディアスポラ(離散の民)との人的ネットワークも重要視してきました。
また、悲しい過去の歴史を通して、アルメニア人は「いかにしてサバイブしていくか?」というテーマを持たざるを得ませんでした。そういった歴史を背景に、華僑やインド人を凌ぐと言われる「アルメニア人のネットワーク」が構築されているのだと思います。
アルメニアにとって「IT立国」とは、文字通り、厳しい国際競争をサバイブするための生存戦略であったと?
はい。1988年のアルメニア大震災に続いて、1991年のソ連崩壊後にアルメニアは独立しましたが、既に国内産業は大打撃を受けていました。
繰り返しになりますが、天然資源に乏しいアルメニアにとっての資源は、優秀な人材とそのネットワークでした。そしてそれらの知的資源を最大化できるのが「IT」という産業だったのです。
2017年の統計では、実質GDP成長率が過去10年で最大の7.5%を示しており、そのうちITのセクターは約30%の勢いで伸びていて、統計的にも非常に高いポテンシャルを誇っています。ちなみに同年の外国投資も26.9%増となっています。
では国際的な市場規模としてはどのような位置づけなのでしょうか?
意外に思われるかもしれませんが、そのポテンシャルは市場としても大きいんです。具体的には…各国との複数のトレード・アグリーメント(貿易協定)の存在になります。
2014年に調印された「ユーラシア経済連合(EAEU)」には、アルメニアの他に、ロシア・ベラルーシ・カザフスタン・キルギスが加盟しており、ベトナムやイランともFTA(自由貿易協定)を結んでいて(※イランは3年間の時限的なもの)、中国とも協力協定を締結しています。
特筆すべきは、その「ユーラシア経済連合」の一員でありながら、アルメニアは欧州連合(EU)とも「包括的拡大パートナーシップ協定」を結んでいることですね。
また、昨年(2017年)12月には、イランとの国境地帯に「自由経済特区」を創設しました。イランとの貿易はもちろん、ユーラシア経済連合(EAEU)加盟国企業のイランを含む中東向けの輸出基地として、さらにはイラン企業にとっては、ユーラシア経済連合(EAEU)市場へのハブとしても機能するエリアとなっています。
いわば、ユーラシア経済連合(EAEU)諸国、欧州、イランを含む中東諸国の「架け橋」とも言えるのがアルメニアなのです。これらの国々に進出したい外資系企業にとっては、アルメニアは最適のハブになると思います。
さらに日本との嬉しいニュースもありまして、今年(2018年)1月には、「投資の自由化、促進及び保護に関する日本国とアルメニア共和国との間の協定」(日・アルメニア投資協定)を締結しています。
このように各国との関係性を見ても、確かに商売上手と言えるかもしれませんね(笑)
またアルメニアには、外国投資家にとって魅力的な「外資優遇処置」も各種用意されています。また、「アライアンス経済特区」「メリディアン経済特区」の2つの経済特区も設けられており、これらの経済特区にて事業が認可されると、税率の優遇処置を受けることもできます。
世界銀行が毎年発表する『ビジネス環境ランキング』(2017年)においても、「ビジネスのしやすさ部門」では190ヵ国中38位と、日本の34位に及ばなかったものの、「ビジネスの始めやすさ部門」では190ヵ国中9位と、日本の84位と比べて大きな差がついています…。
確かに、スタートアップ企業にとっては、日本と比較すると、とてもビジネスフレンドリーであると思いますね(苦笑)
それらの要因は何だと思いますか?
結論から言ってしまうと、国全体が「E-Society」化していることだと思います。
例えば会社を設立するにしても、オンラインの手続きだけで数分で済んでしまったり、また銀行においても…これは個人的にすごく日本とのギャップを感じるのですが(苦笑)…日本の銀行手続きは難しい上にとても厳しいのに対して、アルメニアの場合は、仮に日本人であっても、それこそ15分もあれば口座が開設できてしまうほど、ビジネスにおける各種手続きがシンプルなんです。
そういう意味では、国がきちんとスタートアップをサポートしているとは感じます。個人的に日本で会社を起ち上げた経験から比較すると、アルメニア政府のほうがスタートアップに優しいと思いますね(苦笑)
デジタルならではの透明性とスピード性に優れているということですね。
そうですね。国を挙げて積極的に「E-Government(電子政府)」を推進しているということだと思います。不動産の権利もオンライン上でやり取りできますし、各種ペイメント(支払い)を始め、日常生活における諸々の手続きもオンライン化が進んでいます。
アルメニアと同じように、小国でありながら電子政府化が進んでいるエストニアと比較するといかがですか?
私個人としては2つの意見を持っています。「E-Government」に関しては、エストニアの方がルールがより明確に規定されています。世界で話題になった「E-Residency制度」(※外国人であっても、バーチャルな電子国民となれる制度)を始め、仮想通貨の導入にしても、ルールの運用がとてもクリアで、かつスピード感に優れています。
ただ、国としてのIT技術レベル、それこそ各エンジニアのスキルなどは、アルメニアに軍配が上がると思っています。それこそ二千年も前からリベラルアーツの学校があるほど人材教育に力を入れていて、近年は国を挙げて「IT教育」に取り組んでいるからです。国内にはIT系のトレーニングセンターや開発ラボがいたるところに存在していますし、大学などの教育機関でもITに重きを置いたカリキュラムが組まれています。
世界でもっとも先進的なIT教育機関として知られる「TUMOセンター」(Tumo Center for Creative Technologies)がその代表格ですね。
TUMOセンターでは、ほぼ無料で子供達がITトレーニングを受けることができますからね。プログラミングを始め、ゲームやグラフィックデザイン、仮想通貨やブロックチェーンについても学ぶことができます。
また、センターのビル内にはIT企業が入居しており、そのオフィス賃貸料を子供達のIT教育費用に還元するというシステムが組まれているんです。
2016年にTUMOセンターを視察した、現パリ市長であるアンヌ・イダルゴさんも「パリでやりたい」と言ってくださって、今年の9月には「TUMO à Paris」として、パリでも開校する予定です。
また、まだ詳細はお話できないのですが、このTUMOセンターを日本でもローンチさせようというプロジェクトも進んでいます。
それはとても楽しみですね! 世界で5億人以上のユーザーがいるとされている画像編集アプリ「PicsArt」や、無料ネット通話アプリである「Zangi」のような、アルメニアを代表するグローバルベンチャーが生まれる理由も納得できますね。
現在アルメニアでは、優秀なIT人材が続々と育ってきています。今後のトレンドとしては、そのようなソフトウェアに続いて、ハードウェアの面でも新しいイノベーションが起こると確信しています。
ちなみに「Zangi」でリーダーシップを執っていたスタッフが、私が代表を務める「MAIA」に所属しているんですよ(笑)
では、その『MAIA』について、改めて事業内容を教えてください。
『MAIA』とは、東京を拠点とする「IT・金融のコンサルティング企業」です。特にフォーカスしているのが、ブロックチェーンのテクノロジーになります。
その特徴としては、単なるコンサルや開発だけにとどまらず、例えば…「ブロックチェーンの技術を使って何か新しいサービスを始めたい」というオーダーがあれば、独自のネットワークを駆使して、ワンストップで新たなロジスティクス型のサービスを提案するのが可能であるところです。
より具体的に言えば、ただブロックチェーンを開発するだけでなく、マイニングファームの構築も視野に入れるとなると、その土地を確保するための海外不動産関連のネットワークも必要になってきます。また、革新的なテクノロジーであればあるほど、従来の法律と接触する可能性も高まるので、法律関連のフォローも大切ですよね。
「MAIA」には、アルメニアだけでなく、各分野における世界トップクラスのプロフェッショナルとのグロバールネットワークがあるので、そういったワンストップ型の提案も可能です。
それこそスタッフ全員が、何らかのスペシャリストであり、ある意味、特殊部隊のようなチームでもあります(笑)。MAIAならではのスピード感のある広範囲なバリューを、日本企業のみなさんに提示できると自負しています。
海外に進出する日系企業については、どのようにとらえていますか?
私は“侍スピリット”という言葉が大好きで、多くの日本人がビジネスをやる上でも、自然とそれを実践していると思うんです。そんなに難しいことではなくて、自分がやると決めた仕事はしっかり完璧にやり遂げるとか、そういったことです。
ただこれからの日本人は、国内だけでなく、もっと海外のことも視野に入れなければいけない時期に来ていると思うんですね。
これは日本に限ったことではありませんが、自国の市場だけで豊かにやっていける時代は終わりつつあって、否が応でもグローバルトレンドの波に乗っていかないと、アッと言う間に取り残されてしまいます。
そういう意味では、常にフレキシブルなものが生き残ると思っていますが、残念ながら今の日本には、ちょっとフレキシビリティが足りないかもしれません…(苦笑)
おっしゃる通りだと思います。では最後に、海外へ目を向けている日本のビジネスパーソンへのメッセージをお願いします。
大切なのはフレキシビリティ(柔軟性)とアンティシペーション(予測)。常に未来に何が起こるのかを予測しながら、絶えず柔軟に行動することです。
正直、世界中のビジネスパーソンにとって、今後はより競争が激しい厳しい時代になっていくと思います。テクノロジーの発展により、世界はどんどん小さくなって、より透明性も増していきます。
つまり本当のバリューを持っているビジネスだけがサバイブしていけるのです。
だからこそ、日本企業も、そして日本人のみなさんも、よりグローバルに、そしてオープンに、かつフレキシブルであることを心がけることが大事だと思います。
私自身、それこそ自分のホームがどこなのかあやふやになったりしますが…グローバル化が進んだ世界では、そんな在り方こそが、平和へと繋がるとも思うんです(笑)
そういう意味でも、海外の優れたものを日本に持ってくると同時に、日本の優れた部分でシナジーを生み出すことを意識しています。自分たちが手がけるビジネスで、日本のエコノミーを更に活性化させていくことができれば嬉しいですね。