ASEAN各国の医療・ヘルスケア最前線!経済成長がもたらす課題とビジネスチャンス

経済成長が著しいASEAN諸国では、豊かさの裏で新たな健康課題が浮かび上がっています。糖尿病や高血圧といった生活習慣病の増加、高齢化社会への対応、都市と地方の医療格差など、多様な課題が複雑に絡み合う状況です。一方で、こうした健康課題は、民間企業にとって大きなビジネスチャンスでもあります。本記事では、ASEAN主要6カ国それぞれのヘルスケアトレンドを取り上げ、課題と政策対応、そして現地で注目されるユニークな企業の取り組みを紹介します。今後の海外展開を見据える皆さまにとって、具体的なヒントとなれば幸いです。
▼ ASEAN各国の医療・ヘルスケア最前線!経済成長がもたらす課題とビジネスチャンス
ASEANとヘルスケアトレンド
多様なASEAN
ASEANは、10か国からなる多様性に富んだ地域です。例えば、シンガポールのように一人当たりGDPが日本を上回る国もあれば、若年人口が多く経済発展の途上にあるインドネシアやフィリピンのような国も存在します。また、マレーシアやインドネシアでは、イスラム教徒が多数を占めることから、ハラール対応がビジネス上の前提となるなど、宗教的背景も大きく異なります。
こうした違いは、ヘルスケアのニーズやアプローチにも直結します。先進的な医療インフラが整った都市部もあれば、医師や設備が不足する地方もあり、富裕層向けの高品質なサービスと、低所得層に求められる安価で実用的なサービスが混在しています。単に「どの国に進出するか」ではなく、「どのセグメントにアプローチするか」によって、見える市場は大きく変わります。
ASEANにはそれぞれに多様性があり、その中には、皆さまのビジネスにマッチする最適な市場セグメントが存在する可能性があります。
経済成長がもたらす健康課題
経済成長と都市化が進む中、ASEAN各国では生活習慣病の拡大、高齢化、メンタルヘルスといった新たな健康課題が浮上しています。背景には、食の欧米化、運動不足、甘味飲料の普及、ストレスの増加など、生活スタイルの変化があります。
これに対し、各国政府は砂糖税や食品表示の義務化、遠隔医療の推進など、制度・技術の両面から対応を進めています。しかし、政策だけでは対応しきれない領域も多く、民間企業が介入する余地も広がっています。健康食品、予防医療、高齢者ケア、フィットネスなど、課題に即したソリューションが注目されています。
日本は、高齢化や生活習慣病の進行という面で課題先進国であり、こうした経験をASEANで活かすことで、現地の課題解決に貢献できる可能性があります。
次章では、ASEAN主要国のヘルスケア事情を紐解き、それぞれの市場が持つ特性とビジネス機会を探っていきます。
シンガポールのヘルスケアトレンド
1. 高い健康意識の裏で広がる課題
シンガポールは「健康先進国」として知られ、医療制度や公衆衛生の整備、国民の健康意識も高い水準にあります。しかし、そうした理想的なイメージの裏側には、課題も潜んでいます。
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生活習慣病の拡大
- 糖尿病の有病率は約11.6%と世界平均を上回り、成人の3割以上が高血圧や高コレステロール血症を抱えています。背景には、外食中心の食生活、糖分過多の飲料、運動不足などの食・生活スタイルがあります。
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高齢化の進行と医療財政への圧力
- 65歳以上の高齢者は2023年時点で約19%。2030年には24%に達すると見込まれています。医療関連支出は増加を続け、2030年には300億シンガポールドルを超える予測です。
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若年層を中心としたメンタルヘルス問題
- 国家メンタルヘルス・ウェルビーイング戦略(2023年10月策定)により改善の兆しは見られるものの、15〜35歳の約3割が「うつ・不安・ストレス」を抱えているとされ、若年層のケアは引き続き重要なテーマです。
※参考:
- NATIONAL POPULATION HEALTH SURVEY 2023 SHOWS SINGAPOREANS ARE ADOPTING HEALTHIER LIFESTYLES, Government of Singapore
- NATIONAL POPULATION HEALTH SURVEY 2022, Government of Singapore
- Population in Breief 2023, Government of Singapore
- National Mental Health and Well-being Strategy (2023), Government of Singapore
2. 課題に向き合うシンガポール政府の多面的アプローチ
これらの課題に対し、シンガポール政府は行動経済学やテクノロジーを活用しながら、環境や制度整備、意識付け等の観点から健康づくりを支援しています。
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生活習慣病への対応
- 「Nutri-Grade」表示で飲料の糖分・脂肪量をランク付け(C/Dは表示義務、Dは広告制限)
- 「Healthier Choice」マークで加工食品の健康的選択を後押し
- トランス脂肪酸の主原料である部分水素添加油脂を使った食品の製造・輸入・販売を禁止(2021年施行)
- 運動・食事・睡眠管理機能等を搭載した健康管理モバイルアプリを国民に提供
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高齢化対策:健康寿命の延伸
- 「2023 Action Plan for Successful Ageing」に基づき、3つの柱「Care(健康)」「Contribution(社会参加)」「Connectedness(つながり)」を軸に、高齢者の生活を支援
- 公共交通や公園整備、デジタルスキル支援など、包括的な高齢者政策を展開
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メンタルヘルスサポートの強化
- 「国家メンタルヘルス・ウェルビーイング戦略」により、学校や職場における支援体制を整備し、積極的な啓発を推進
※参考:
- Nutri-Grade, Government of Singapore
- Healthier Dining Programme, Government of Singapore
- ACTION PLAN FOR SUCCESSFUL AGEING 2023, Government of Singapore
- The Healthy 365 App, Government of Singapore
3. 民間企業が牽引する新たなケアモデル
シンガポールでは、政府による制度整備を基盤に、民間企業が柔軟で実用的なヘルスケアサービスを生み出しています。その中で注目されているサービスの1つが、高齢者や慢性疾患を抱える方々向けの在宅ケアサービスです。
Homage(オマージュ)は、看護師や介護士、理学療法士などの専門職が、自宅での療養や日常生活のサポートを提供するプラットフォームを展開しています。必要な時に必要なサービスを受けられる“オンデマンド型”の柔軟さと、明確な料金体系が特徴で、施設に頼らずに自宅で過ごしたいという高齢者のニーズにマッチしています。家族の介護負担を軽減するという観点からも、支持が広がっています。
また、最近では「老後をより自由に自分らしく過ごしたい」という考え方から、シンガポール国外での生活を選ぶ高齢者も増えています。たとえば、マレーシアやタイ、フィリピンなど、医療・介護体制が整いながらも生活コストを抑えられる国々の施設が注目を集めており、シンガポール国内での高額な施設費用に対する新たな選択肢となっています。このような「越境型セカンドライフ/リタイアメントツーリズム」は、介護とライフスタイルを組み合わせた新しい市場の兆しと言えます。
多様な老後の選択肢は、先進的なモデルと言え、日本の高齢者支援ビジネスのヒントになります。
※参考:
- Homage, Homage
マレーシアのヘルスケアトレンド
1. 深刻化する生活習慣病と広がる医療ニーズの多様化
マレーシアでは、経済成長や生活水準の向上に伴って、健康課題の様相が変化しています。特に、生活習慣病の拡大や医療サービスの二極化、メンタルヘルスの悪化といった問題が、社会全体に広がりつつあります。
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生活習慣病の深刻化
- 成人の約15%が糖尿病を患い、過体重・肥満に該当する人は半数以上。高糖分飲料や加工食品の普及により、子どもの肥満も社会問題化しており、将来の健康リスクが懸念されています。
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医療サービスの多層化と格差
- マレーシアでは、公的医療機関が全国に整備され、多くの国民に基本的な医療サービスが提供されています。一方で、都市部の富裕層はより高度で快適なサービスを求め、私立病院を選ぶ傾向にあります。地方では依然として医師数や設備に限りがあり、通院の不便さや診療の質への不満も聞かれます。
どこに住んでいるか、どの医療機関を使えるかにより、受けられる医療に差が生まれています。
- マレーシアでは、公的医療機関が全国に整備され、多くの国民に基本的な医療サービスが提供されています。一方で、都市部の富裕層はより高度で快適なサービスを求め、私立病院を選ぶ傾向にあります。地方では依然として医師数や設備に限りがあり、通院の不便さや診療の質への不満も聞かれます。
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急速に拡大するメンタルヘルス問題
- うつ病などの精神的疾患は、4年で倍増し、100万人を超える患者が報告されています。特に若年層での増加が著しく、現場の支援体制が整いきらず、対応が後手に回っている現状があります。
※参考:
- National Health and Morbidity Survey (NHMS) 2023, Government of Malaysia
- Kids Living With Obesity Aren’t Cute, Experts Tell Malaysian Parents, Code Blue
2. 制度や仕組み、テクノロジーで課題に挑む政府
こうした課題に対して、マレーシア政府は制度改革やデジタルインフラの整備を通じて、包括的なヘルスケア政策を推進しています。
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生活習慣病への対応
- 2019年に砂糖税を導入し、100mlあたり5g以上の糖分を含む飲料に課税
- 「ヘルシープレート(Malaysian Healthy Plate)」を通じて、食事の理想的な構成(1/2野菜・果物、1/4炭水化物、1/4タンパク質)を啓発
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所得・地域格差への対応
- 低所得層(B40層)に向け、「PeKa B40」制度で健康診断や医療機器支援を提供
- mySalam制度では、B40層向けに特定の疾病に対する保険金を支給
- デジタルヘルス戦略に基づき、地方部を含めた医療アクセスの底上げのため、電子医療記録(EMR)や遠隔医療の整備を推進
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メンタルヘルスの対応強化
- 「国家メンタルヘルス戦略(2020–2025)」に基づき、学校・職場・地域での支援体制を拡充。精神科医や臨床心理士といった専門人材の育成・配置にも注力。ただし、ニーズの急増に対して支援体制が追いついておらず、地域や現場での実装にはばらつき
※参考:
- Sugary drink tax to be raised to 90 sen per litre next year, from 50 sen now, The EDGE
- Peka B40, ProtectHealth Corporation
- Malaysian Healthy Plate: A Comprehensive Guide, Island Hospital
- Digital Health, Digital Health Malaysia
- National Strategic Plan for Mental Health 2020-2025, Government of Malaysia
3. 都市中間層の新しい“食”を支える民間企業「Signature Market」の挑戦
生活習慣病の背景には、日常的な食生活の乱れがあります。都市部を中心に健康志向の高まりが見られる中で注目されている企業が、Signature Marketです。
同社は、無添加・低糖・高タンパクといった機能性に優れたスナックや食品を、オンライン中心に展開。EC発のD2Cモデルとして立ち上がった同社は、現在では自社店舗や多数の小売チャネルも持ち、都市部の中間層・富裕層を中心に支持を広げています。甘味や脂質に偏った従来の食文化に、健康的な選択肢を提案することで、食生活の変革を後押ししています。
現地の生活習慣に寄り添いながら新たな健康文化をつくる、Signature Marketのような企業の動きが少しずつ拡がっています。
※参考:
- Signature Market, Signature Snack
タイのヘルスケアトレンド
1. 生活習慣病・高齢化・医療格差の三重苦
タイは医療ツーリズムの先進国として知られる一方、国内では多くの健康課題を抱えています。特に、生活習慣病の拡大、進行する少子高齢化、そして地域・所得による医療格差等が、問題として重なり合っています。
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拡大する生活習慣病
- 成人の約10%が糖尿病を抱え、過体重・肥満率は42%と高水準です。濃い味付けや高糖分・高脂肪な食文化が背景にあり、生活習慣病は中長期的な健康リスクとなっています。
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少子高齢化の進行
- 65歳以上の高齢者はすでに19%に達し、2040年には3割超になると見込まれています。一方で出生率は低迷しており、2022年には出生数が死亡数を下回る「人口の自然減」に突入しました。タイはASEANの中でもいち早く「超高齢社会」に近づいています。
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地域・所得層による医療格差
- 医療インフラや人材は都市部に集中しており、地方では医師や病床数の不足が問題です。公立病院は安価で広く利用されている一方、混雑や職員の過重労働も深刻化しています。都市部の富裕層は私立病院で快適な医療サービスを受けられる一方で、それ以外の層は選択肢が限られ、医療格差が存在しています。
※参考:
- タイ・ヘルスケア産業調査, JETRO
2. 包括的政策で健康課題に挑むタイ政府
タイ政府は、生活習慣病、少子高齢化、医療格差といった課題に対して、税制・制度・人材育成といった多層的なアプローチで対応を進めています。
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生活習慣病への対策
- 砂糖税を2017年に導入。糖分含有量に応じて課税
- 塩分を多く含むスナック類への課税も2025年導入を予定し、食習慣への介入を強化
- トランス脂肪酸を含む食品は2019年以降、製造・輸入・販売を全面禁止
- 「Healthier Choice」ラベルの導入により、消費者がより健康的な食品を選びやすい環境を整備
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少子高齢化への対応
- 出産・育児支援に対する税制優遇措置を実施
- 医療・介護施設への民間投資に対し、法人税減免などのインセンティブを付与
- 高齢者介護事業者のライセンス制度を2021年に導入。サービス品質の向上と事業者の管理を推進
- JICAと連携し、地域包括ケアシステムのモデル開発を進行中。日本型ケアの知見をタイに応用
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医療格差の是正と遠隔医療の現状
- 「CPIRD(農村医師養成制度)」の実施による、地方出身医師に対する奨学金支給等を通じた地方での医師配置の促進
- 遠隔医療の導入も取り組みはあるものの、地方での活用はまだ限定的な範囲にとどまる
なお、遠隔医療について、都市部の私立病院では先進的な事例も見られます。たとえば、バンコクを拠点とする高級私立病院では、海外からの医療ツーリズム患者に対し、初診相談や術後の経過観察、再診などをオンラインで提供。通院の手間や国境を超えた医療体験の一貫性を高めており、医療DXの好例として、日本にとっても参考になる取り組みと言えます。
※参考:
- Final phase of sugar tax takes effect, Bangkok Post
- Thai Excise Dept. to impose ‘Salt Tax’ on snacks, Pattaya Mail
- Thailand’s artificial trans fats ban implementation well-received by PepsiCo and food industry, FoodNavigator
- Healthier choice logo, FDA
- New Investment Promotion Policies, Thailand Board of Investment
- 子育て支援の税制優遇検討、少子化対策で, NNA
- 高齢者介護事業、保健省のライセンスが必要に, JETRO
- 高齢者のための地域包括ケアサービス開発プロジェクト, JICA
- CPIRD, Government of Thailand
3. 生活の質を支える、民間による実践的ソリューション
公的制度だけでは行き届かない分野において、タイでも民間企業が地域に合ったソリューションを展開しています。中でも注目されるのが、食事を通じた健康支援のアプローチです。
Green & Organicは、糖尿病や高血圧といった慢性疾患を抱える人々向けに、栄養バランスに配慮した即席のタイ料理を製造・販売しています。塩分・糖分を抑える一方で、味付けは伝統的なレシピに忠実であり「食事制限があっても、馴染みのある美味しい料理を楽しみたい」というニーズに応える内容となっています。
高齢化や療養生活を送る人の増加に伴い、制限のある生活の中でもQOL(生活の質)を保ちたいという需要は今後さらに高まることが予想されます。Green & Organicのように、文化や味覚への理解をベースにした商品設計は、ローカル企業ならではの強みであり、他国においても応用可能なモデルと言えます。
民間の柔軟なサービスは、健康的で豊かな生活の実現に貢献しています。
※参考:
- Green & Organic, Green & Organic
インドネシアのヘルスケアトレンド
1. 経済成長の陰で広がる、健康課題の多層化
東南アジア最大の人口を誇るインドネシアでは、急速な都市化と所得向上が進む一方で、健康を取り巻く課題が複雑化しています。特に、都市部での生活習慣病の増加、地方における医療アクセスの制約、そして子どもの栄養不良といった、社会・地域・世代ごとに異なる問題が顕在化しています。
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生活習慣病の拡大(都市部中心)
- 経済発展に伴い、食生活の欧米化や運動不足が進行。糖尿病は成人の1割超、高血圧も約4人に1人という水準となり、都市部を中心に生活習慣病が広がっています。
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医療資源の地域偏在
- 人口1,000人あたりの医師数はわずか0.7人で、ASEAN6の中で最も低い水準。医療インフラや人材はジャワ島に集中しており、地方・離島部では質の高い医療サービスにアクセスすることが難しい状況です。
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子どもの発育阻害
- 2023年時点で、発育阻害の割合は21.5%。経済的要因だけでなく、保護者の健康意識や栄養に関する知識の不足も背景にあり、将来的な人的資本への影響も懸念されています。
※参考:
- Indonesia, International Diabetes Federation
- Riset Kesehatan Dasar (Riskesdas) 2018, Gvernment of Indonesia
- 国民の肥満率22%、子どもは40年で10倍に, NNA
- Physicians (per 1,000 people) - Indonesia, World Bank
- Ministry of PPN/Bappenas, BGN, IPB University and UNICEF Launch National Centre of Excellence for the Free Nutritious Meals Programme, UNICEF
2. 制度を軸に、民間連携も進むインドネシアのヘルスケア対応
こうした健康課題に対し、インドネシア政府は保険制度や啓発活動を通じた対策を進めており、最近では民間との連携やテクノロジーの導入も柔軟に取り入れ始めています。
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生活習慣病への対策
- 2025年に砂糖入り飲料への物品税導入を予定。糖分摂取の抑制を目指す。
- Germas(健康生活運動)を通じて、運動・野菜摂取・定期健診の重要性を訴求し、生活習慣の改善を促進。
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医療アクセスの改善
- 「BPJS(国民健康保険制度)」を整備し、国民の8割超が医療保険に加入。
- 「Digital Health Transformation Strategy(2021–2024)」のもと、遠隔医療の導入を推進。特に一部地域では民間事業者との連携により、アクセス向上を実現。
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子どもの発育支援
- 2025年から全国無料給食プログラムを段階的に導入し、妊婦や学童を対象に栄養価の高い食事を提供。
- 発育阻害の改善に成功した自治体に対してインセンティブを付与する制度を整備し、地域主導の取り組みを後押し。
※参考:
- Indonesia to roll out sweetened beverage excise by second half of 2025, Asia News Network
- Gerakan Masyarakat Hidup Sehat (germas) Menghadapi Covid-19, Universitas Pendidikan Indonesia
- National Strategy of P2K - TP2S, Government of Indonesia
- BPJS Kesehatan, Government of Indonesia
- Blueprint for Digital Health Transformation Strategy 2024, Government of Indonesia
- Indonesia launches free meals program to feed children and pregnant women to fight malnutrition, PBS News
- SPENDING BETTER TO REDUCE STUNTING IN INDONESIA, World Bank
3. 遠隔医療で広がるアクセス改善の兆し
民間企業も、限られた医療資源を補完する存在として徐々に役割を広げています。その一例が、遠隔医療サービスを展開するHalodocです。
Halodocは、オンライン診療、薬の配送、検査予約、保険連携などを一つのアプリで提供するデジタルプラットフォームです。都市部ではすでに普及が進んでおり、病院へ出向くことなく医師の診察を受け、処方薬を自宅で受け取るといった形で、通院困難な層の医療アクセスを支えています。
政府や保険会社との連携も進んでおり、公的医療インフラでは対応が難しい領域における「すき間」を補完する存在として、貢献することが期待されています。 特に、移動コストや距離が大きな壁となる離島や地方において、デジタルサービスの持つポテンシャルは高く、今後の拡大が注目されています。
※参考:
- Halodoc, Halodoc
フィリピンのヘルスケアトレンド
1. 経済成長とともに浮かび上がる健康の不均衡
経済発展と都市化が進むフィリピンでは、所得や生活環境の向上が見られる一方で、健康面では課題が多様化しています。特に、生活習慣病の拡大、医療アクセスの格差、子どもの栄養不良という3つの側面で、国民の健康に大きな影響が及んでいます。
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生活習慣病の増加
- 食生活の欧米化や運動不足を背景に、糖尿病や高血圧、肥満などの生活習慣病が急増しています。肥満率は1998年の20.2%から2019年には36.6%に上昇し、成人の10%以上が糖尿病を抱えていると推計されています。
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医療アクセスの格差
- フィリピンは島嶼国家であることから、都市部と地方部のあいだで医療資源の分布に大きな偏りがあります。都市部では私立病院を中心に高度な医療サービスを受けることができますが、地方部や公的医療機関では病院や医師の数が不足しており、医薬品の供給にも問題があります。また、公的保険制度は整備されているものの、自己負担額が高く、必要な医療を十分に受けられないケースも見受けられます。
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子どもの栄養不良
- 食の偏りや保護者の教育不足などを背景に、子どもの栄養不良も深刻です。5歳未満の発育阻害率は26.7%、一方で5〜10歳では14%が過体重または肥満というように、「やせすぎと太りすぎ」が共存する複雑な栄養課題が見られます。
※参考:
- Everybody Needs to Act to Curb Obesity, UNICEF
- Philippines, WHO
- DOH, NNC, WHO, and development partners call for actions to curb obesity in the Philippines, WHO
- Spatial inequality in the accessibility of healthcare services in the Philippines, Springer Nature Link
- Securing Health Care for All, Asia Development Bank
- PHILIPPINES, Asia Development Bank
2. 制度整備は進展、ただし実装面に課題も
フィリピン政府は、生活習慣病対策や医療アクセスの改善、栄養不良への対応など、多岐にわたる健康課題に対し、制度面からの整備を進めています。
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生活習慣病への対応
- 2018年に砂糖入り飲料への砂糖税(6~12ペソ/ℓ)を導入し、過剰摂取を抑制。
- 公共の場での喫煙を原則禁止する法令(大統領令第26号)を施行し、生活習慣に介入。
- 国民向けの食事ガイドラインPinggang Pinoyを通じて、視覚的に理解しやすい食事モデルを提示し、全年齢層に健康的な食習慣を啓発。
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医療アクセスの改善策
- 「ユニバーサルヘルスケア法(2019年)」により、全国民に対して一定レベルの医療サービスの無料化・低負担化を導入。
- 医学生・看護学生への奨学金制度と、卒業後の地方勤務の義務化を組み合わせ、地域の医療人材を確保。
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栄養不良対策
- 子どもの発育阻害と肥満の双方に対応するため、国家戦略「フィリピン栄養行動計画(PPAN2023–28)」を策定。
- 「栄養ある食事法」に基づき、公立の保育施設などで給食やミルク、サプリメントを提供
※参考:
- Development of a sweetened beverage tax, Philippines, National Library of Medicine
- EO No. 26, Government of Philippines
- Pinggang Pinoy, Government of Philippines
- 国民皆保険法案に署名 WHOも歓迎 課題は財源, 日刊まにら新聞
- PPAN 2023-2028: NNC unveils plan to combat nutrition challenges in PH, Manila Bulletin
- Republic Act No. 11037: Masustansyang Pagkain Para sa Batang Pilipino Act, UNICEF
3. 民間が広げる、都市部以外の健康機会
フィリピンでは、医療インフラが行き届かない地域や、制度の手が届きにくい生活層に対して、民間企業が実践的なサービスを展開しています。例えば、フィットネスや生活習慣改善といった分野では、価格や立地、使いやすさといった観点で、都市部以外へのアプローチが少しずつ広がっています。
その一例がGoGymです。同社は新興中間層を主なターゲットに、月額599ペソ(約1,500円)という手頃な価格でフィットネスジムを提供しています。富裕層向けの大型ジムとは異なり、住宅地の近くや郊外、地方都市といった日常生活の延長にある立地を選び、誰もが無理なく通える環境づくりを重視しています。
同社の取り組みは、生活習慣病予防を特別なものではなく、日常の一部として根づかせる動きとして注目されます。また、都市中心部以外の地域にも持続可能なヘルスケア事業の可能性があることを示す好例であり、今後の民間参入のヒントにもなります。
※参考:
- GoGym, GO FITNESS TECHNOLOGY
ベトナムのヘルスケアトレンド
1. 急速な経済成長とともに進行する健康リスク
急速に経済成長と都市化が進むベトナムでは、目に見える発展の裏で、生活習慣病や高齢化といった新たな健康課題が急速に広がっています。特に、生活スタイルの変化に伴う疾患の増加、少子高齢化、医療アクセスの地域差は、社会構造に大きなインパクトを与えています。
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生活習慣病の急増
- 食の欧米化や運動不足を背景に、糖尿病や高血圧、肥満などの生活習慣病が急速に拡大。糖尿病の有病率は2.7%(2000年)から6.1%(2021年)と約20年で2倍以上となり、肥満率や高血圧の割合も年々上昇しています。現在の数値は他国に比べ深刻とは言い切れないものの、増加のスピードは警戒すべき水準です。
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少子高齢化の進行
- 出生率は全国平均で1.91(2024年)と人口維持水準を下回り、ホーチミンのような都市周辺ではさらに低くなっています(南東地域1.48)。60歳以上の高齢者は2022年時点で12.8%、2050年には25%以上になると見込まれ、医療・福祉制度への負荷が確実に増すと予想されています。
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医療アクセスの地域格差
- 医療資源の都市部集中により、地方では質・量ともに医療サービスの不足が指摘されています。また、特に重症患者が一次医療を経ず中央病院へ直接来院する傾向が強く、都市部の公立大病院では混雑が常態化しています。
※参考:
- Ageing ASEAN: Shifting Demographic Structure, ASEANstats
- Trend of metabolic risk factors among the population aged 25–64 years for non-communicable diseases over time in Vietnam: A time series analysis using national STEPs survey data, Frontiers Media
- Ageing, UNFPA
- 2024年の合計特殊出生率1.91、過去最低を更新, JETRO
- Vietnam’s Rural Populace Enjoys Better Healthcare Services Thanks to Smart Investment in Hospital Upgrading, World Bank
- Unmet Healthcare Needs and Associated Factors in Rural and Suburban Vietnam: A Cross-Sectional Study, National Library of Medicine
2. 制度整備が進む一方、地域によりばらつき
ベトナム政府は、生活習慣病や少子高齢化といった構造的な課題に対して、国家レベルの計画や制度改革を通じた対応を進めています。一方で、地域間での実施体制や進捗には差が見られ、運用面での課題も指摘されています。
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生活習慣病対策
- 「非感染性疾患および精神障害の予防・管理に関する国家計画(2022–2025)」を策定し、慢性疾患の罹患率・死亡率の抑制や、早期発見・治療の推進を掲げる。
- 日常生活の中での健康意識の向上を図るため、2026年から食品への栄養成分表示を義務化予定。
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少子高齢化への対応
- 「出生率調整プログラム」のもと、2人の子どもを持つことを推奨。対象世帯に対する税制優遇や住宅支援などを一部パイロット地域で導入
- 年金制度の安定化に向けて、退職年齢の段階的引き上げ(男性62歳・女性60歳)を実施
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地域医療の高度化と遠隔診療の導入
- 「遠隔診療制度(2020〜2025年)」や「Doctor for Everyone」を通じて、中央の医療機関と地方をオンラインでつなぐ体制を整備。ただし、インフラ・人材・運用体制にばらつきがあり、地域での導入状況に格差あり。
※参考:
- Decision No.155/QD-TTg, THƯ VIỆN PHÁP LUẬT
- 【ベトナム】食品ラベルに関する新規制について(2024年2月15日から), CastGlobal Law Vietnam
- Vietnam to act on surge of sugary drinks, Vietnam Investment Review
- Government programme encourages marriage before the age of 30, Viet Nam News
- Vietnam begins to phase in increased retirement age, Mercer
- 2628/QD-BYT, THƯ VIỆN PHÁP LUẬT
- PROJECT ON GRASSROOTS TELEMEDICINE CONSULTATION USING THE SOFTWARE “DOCTOR FOR EVERYONE”, UNDP
3. 高齢化ニーズが呼ぶ、新たな民間ケアモデルの芽生え
ベトナムでは、制度的な介護保険が存在しない中で、高齢者ケアに対する民間ニーズが徐々に顕在化しています。特に都市部を中心に、家族の負担軽減や療養中の支援ニーズに応える形で、新しい民間サービスが生まれ始めています。
WeCare 247はその一例です。同社は、慢性疾患のある高齢者や術後の回復期にある人を対象に、24時間体制の訪問型ケアサービスを提供。病院と連携して育成された看護・介護スタッフが、利用者の状態や希望に応じて、自宅や医療施設で個別ケアを行う仕組みを整えています。
料金体系が明確で、柔軟なサービス提供が可能な点が特長であり、制度に依存しない自立型の介護支援として、今後の広がりが期待されています。ベトナムにおける高齢化の進行に対し、民間主導で応えるこうした取り組みは、介護制度のない国で新しいスタンダードを築く兆しとも言えます。
※参考:
- Wecare 247, Wecare 247
まとめ
ASEAN諸国は、それぞれ異なる社会背景や発展段階を持ちながらも、生活習慣病や高齢化、医療アクセスの格差といった共通の健康課題に直面しています。
各国政府は、制度整備や啓発活動、テクノロジーの導入などを通じて課題解決を目指しており、同時に、民間企業による柔軟なサービス提供も広がりを見せています。在宅ケアや遠隔医療、栄養・食事、運動といった分野で、政府のカバーしきれない“すき間”を埋めるような取り組みが見られ、民間企業制度と現場の間を支える存在となりつつあります。
日本は、高齢化や生活習慣病対応といった面で課題先進国であり、これまでに培ってきた知見や仕組みが、ASEANにおける事業展開に活かせる可能性があります。特に、介護や予防医療、健康支援サービスの分野では、現地のニーズに合わせた形でのローカライズや協業を通じ、新たな市場機会を見出せる可能性があります。
弊社は、シンガポールに拠点を構えて35年にわたり、中小・中堅企業の東南アジア進出・海外事業の支援を行ってきました。
ASEAN市場での事業展開や現地パートナー選定、制度の調査など、ビジネスに関する疑問やお困りごとがございましたら、ぜひお気軽にご相談ください。
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