訪日客向けアプリは作るべきか|判断基準と既存プラットフォームの使い分け
「訪日客向けに自社アプリを作りたい」という相談は、いまも定期的にあります。しかし開発に入る前に確認しておきたいことがあります。そのアプリは、入れてもらえるのかという点です。
観光庁の調査によれば、訪日客の滞在は4〜5日が最も多く、1週間以内が過半数を占めます(出典:観光庁「令和7年度 訪日外国人旅行者の受入環境整備に関するアンケート」)。数日しか日本にいない相手に、ストアを検索してダウンロードし、アカウントを作り、通知の許可を出してもらう——この手間を越えてもらう理由が必要です。
さらに同じ調査で旅行者が挙げた困りごとの上位は、ごみ箱の少なさ、スタッフとのコミュニケーション、混雑、交通機関、多言語表示でした。「アプリがない」は入っていません。
この記事では、宿泊施設・飲食店・小売店・観光施設の担当者に向けて、アプリを作るべきかどうかの判断基準、公開後に続く固定コスト、代わりに使える既存プラットフォーム、そしてそれでも作る価値がある条件を整理します。
この記事でわかること
- ・滞在日数から見た、インストールを求めることの難しさ
- ・観光庁調査の困りごと上位に「アプリの不在」が入っていない意味
- ・Apple・Googleの登録料と、組織として公開するための要件
- ・公開後にずっと続く運用コストの中身
- ・検索・地図・OTA・SNSという4つの受け皿の使い分け
- ・アプリを作らずにアプリ的な体験を出す方法
- ・それでも作る価値がある3つの条件と、着手前に決めること
▼この記事の目次
1. まず「入れてもらえるか」を考える
滞在数日の相手にインストールを求める難しさ
アプリの企画は、たいてい「何ができるか」から始まります。しかし訪日客向けの場合、先に確認すべきは使ってもらえる期間の短さです。
観光庁が出国前の訪日客4,110人に実施した調査では、4〜5日の滞在が最も多く、1週間以内の滞在者が過半数を占めていました。つまり大半の旅行者にとって、あなたの施設を利用するのは滞在中の数時間から一泊です。
その一度きりの接点のために、旅行者に何を求めることになるかを分解してみます。ストアを開いてアプリ名を検索する。正しいアプリを見分ける。数十メガバイトをダウンロードする(海外SIMや公衆Wi-Fiでは負担になります)。起動してアカウントを作る。位置情報や通知の許可を出す。ここまで越えて、ようやく本来やりたかったこと——クーポンを見る、順番を取る、メニューを読む——にたどり着きます。
この手数の多さは、旅行者向け施策の原則と真っ向から対立します。旅行中の相手に対しては、手数を減らすほど反応が上がるというのが基本です。会員登録を求めた時点で離脱が起きることは、クーポンや無料Wi-Fiの導線設計でもよく知られています。アプリのインストールは、その最たるものです。
「便利なアプリなら入れてもらえる」という想定は、利用回数が多い場合にしか成り立ちません。毎日使う地図アプリや決済アプリと、一度しか行かない店のアプリでは、越えるべきハードルの高さが同じでも、得られる見返りがまったく違います。
旅行者のスマホには既に必要なアプリが入っている
もうひとつの前提が、旅行者のスマートフォンはすでに埋まっているということです。
日本に来る前の段階で、多くの旅行者は地図アプリ、翻訳アプリ、決済アプリ、SNS、航空券や宿の予約アプリ、交通系のアプリを入れています。ここに新しいアプリを1つ加えてもらうということは、それらと画面上の場所を奪い合うことを意味します。
そして重要なのは、旅行者が実際に困っていることが、アプリで解決する種類の問題ではないという点です。同じ観光庁の調査で挙がった困りごとの上位は次のとおりでした。
・ごみ箱の少なさ:17.2%
・施設等のスタッフとのコミュニケーション:15.4%
・観光地や地域の混雑:12.9%
・交通機関の利用:11.3%
・多言語表示の少なさ・わかりにくさ:10.9%
ごみ箱を増やす、スタッフが伝えられるようにする、館内表示を多言語にする——いずれも現場の設備と対応の問題であって、自社アプリを作っても解決しません。むしろアプリ開発に予算を割いた結果、これらの改善が後回しになるほうが損失は大きくなります。
行政の動きも参考になります。観光庁は訪日客向けの災害情報について、事業者ごとのアプリではなく全国共通で使えるツールを案内する形をとっています。個々の事業者が同種のものを個別に作る必要はない、という設計です。
アプリを企画する前に、その機能は本当に自社アプリでなければ提供できないのかを一度問い直してください。多くの場合、答えは「いいえ」です。
2. 作ると何が続くのか
登録・審査・更新という固定コスト
開発費の見積もりは制作会社から出てきますが、判断を誤りやすいのは開発費以外にかかり続けるものです。ここは公式に確認できます。
Apple Developer Programの年間登録料は99米ドルです。「メンバーシップは年単位の自動更新サブスクリプションとして提供され、キャンセルされるまで毎年自動的に更新されます」と明記されています(出典:Apple「Apple Developer Programの登録」)。Google Playは25米ドルの1回限りの登録料で、登録時に政府発行の身分証明書とクレジットカードによる確認を求められることがあります(出典:Google Play Console ヘルプ)。
金額そのものは大きくありません。問題は払い続ける前提の契約になることです。アプリを畳むまで、毎年支払いが発生します。
さらに見落とされやすいのが、組織としてアプリを公開するための要件です。Appleの場合、法人格に加えて次が必要とされています。
・D-U-N-S番号(Dun & Bradstreetが付与する9桁の固有番号)
・契約を締結する法的権限を持つ担当者
・組織のドメイン名に紐づくメールアドレス
・組織のドメインを使用した、一般公開で正常に機能しているWebサイト
法人情報の確認のため、公証を受けた書類の提出を求められることもあります。
つまりアプリを出すには、その前に法人としての基盤が整っている必要があります。「自社サイトがまだ整っていないのでアプリで代替したい」という発想は、順序として成り立ちません。公開Webサイトはアプリ公開の前提条件だからです。
2つのOSと、公開後に終わらない運用
費用面と並んで見積もりから抜けやすいのが、公開後の運用です。アプリは作って終わりにできません。
まずOSが2つあるという現実があります。iOSとAndroidの両方に対応するなら、審査も更新も2系統で走り続けます。片方だけにすると、対応しなかったOSを使う旅行者は最初から対象外になります。訪日客は出身国によって使うOSの比率が異なるため、片方に絞る判断は市場を絞る判断と同じ意味を持ちます。
次にOSの更新への追随です。iOSもAndroidも毎年新しいバージョンが出ます。放置すると、ある日突然起動しなくなったり、審査を通らなくなったりします。何も新機能を足さなくても、動かし続けるだけで費用が発生するということです。
そして中身の更新があります。営業時間、メニュー、料金、キャンペーン——Webサイトなら数分で直せる内容も、アプリでは配信が必要になる場合があります。多言語対応をしているなら、更新のたびに全言語分の作業が発生します。言語を増やすほど、更新の重さが比例して増えます。
最後に問い合わせ対応です。ストアにはレビュー欄があり、そこに書かれた不満は公開されたまま残ります。返信の運用を決めておかないと、低評価が積み上がった状態で放置されます。
ここまでを合計すると、アプリは作る決断ではなく、続ける決断だとわかります。担当者が異動しても回る体制があるかどうかが、実質的な判断基準になります。
3. 代わりに使える既存プラットフォーム
検索・地図・OTA・SNSという4つの受け皿
ここまでを読んで「では何をすればよいのか」と思われたかもしれません。答えは、旅行者が既に入れているアプリの中に、自社を置くことです。
1つ目は検索と地図です。Googleビジネスプロフィールに多言語で情報を登録すれば、旅行者が地図アプリで周辺を検索したときに自社が表示されます。営業時間、写真、対応言語、決済手段を載せられ、費用はかかりません。自社アプリでやりたかったことの多くは、ここで足ります。
2つ目はOTA(オンライン旅行代理店)です。宿泊や体験を扱うなら、予約・決済・多言語表示・レビューの仕組みがすべて用意されています。手数料はかかりますが、これらを自前で作れば開発費も運用も自社持ちになります。
3つ目はSNSです。旅行者の情報収集は国籍によって使うサービスが分かれます。中国本土からの旅行者なら小紅書やWeChat、東南アジアや欧米圏ならInstagramやYouTubeが中心です。ここに投稿を置けば、アプリを入れてもらわなくても届きます。
4つ目はメッセージングアプリです。LINEやWeChatの公式アカウントは、実質的に「自社アプリの代わり」として機能します。旅行者は既にそのアプリを持っており、追加のインストールが不要です。
共通するのは、入り口を自分で作らず、既にある入り口に間借りするという発想です。集客の主戦場が相手の手元にある以上、これがもっとも確実です。
アプリを作らずにアプリ的な体験を出す方法
「順番待ちの受付」「モバイル注文」「デジタルクーポン」のように、アプリでなければできないと思われがちな機能も、多くはブラウザで開くWebページで実現できます。
鍵になるのはQRコードです。卓上やレジ横、客室に置いたQRコードを読み取れば、その場でページが開きます。インストールもアカウント作成も不要で、旅行者にとっての手数は「カメラを向ける」だけです。アプリで越えてもらうべきだった障壁が、ほぼゼロになります。
読み取った先のページは、端末の言語設定に応じて表示を切り替えるか、最初の画面で言語を選ばせる形にします。日本語の画面が出た時点で離脱するため、ここは必須です。
繰り返し使ってもらいたい場合は、ホーム画面への追加を案内する手もあります。スマートフォンのブラウザには、開いているページをアイコンとしてホーム画面に置く機能があり、見た目も起動もアプリに近くなります。ストアの審査も登録料も不要です。
もうひとつ効くのが無料Wi-Fiの接続後に表示されるページです。旅行者は到着後に通信手段を探して接続するため、その直後の画面は確実に見られます。ここに案内やクーポンを置けば、アプリを介さずに同じ役割を果たせます。
これらを組み合わせれば、アプリの見た目と機能はほぼ再現できて、インストールの壁だけがなくなります。まずはこの構成で試し、利用が積み上がってからアプリ化を検討しても遅くありません。
4. それでも作る価値がある場合
滞在が長い・繰り返し使う・施設内で必須
ここまで否定的に書いてきましたが、アプリが合理的なケースもあります。共通するのは利用回数が多いことです。
1つ目は滞在が長い層を相手にする場合です。ワーケーションや長期滞在、留学、そして在留外国人向けのサービスであれば、滞在は数か月から数年に及びます。インストールの手間を一度越えれば、その後は何度も使ってもらえます。数日の観光客とは前提がまったく違います。
2つ目は繰り返し使う機能を提供する場合です。交通パス、会員証、ポイント、入退室の鍵といった機能は、滞在中に何度も起動されます。使うたびに価値が生まれるため、インストールの見返りが成立します。
3つ目は施設内での利用が前提になる場合です。テーマパークの待ち時間表示や整理券、大規模施設の館内ナビ、客室の設備操作などは、その場にいる人が必ず使うものです。この場合、アプリは集客手段ではなく運営の道具であり、判断基準も変わります。
4つ目として、既に自社アプリを持っている場合があります。国内向けのアプリが稼働していて多言語対応を足すだけなら、ゼロから作るのとはコストが桁違いです。新規開発ではなく機能追加として検討してください。
逆に言えば、これらに当てはまらない場合は、作らない判断がほぼ正解です。「競合が作ったから」「補助金が使えるから」という理由だけで着手すると、運用の負担だけが残ります。
作ると決めたら最初に決めること
作る判断をした場合、開発会社を探す前に社内で決めておくべきことが3つあります。
1つ目は誰が更新するのかです。営業時間の変更、料金改定、キャンペーンの差し替え——これらを担当する人を決めないまま公開すると、情報が古いまま放置されます。更新されていないアプリは、ないアプリより印象が悪くなります。多言語対応をするなら、各言語の更新を誰が確認するのかまで決めてください。
2つ目は撤退条件です。ダウンロード数や起動率がどの水準を下回ったら畳むのかを、公開前に数字で決めておきます。これを決めずに始めると、成果が出ないまま「もう少し様子を見よう」と年間登録料を払い続けることになります。やめる基準を先に置いておくことが、始める条件だと考えてください。
3つ目はWebで先に検証したかです。前章で触れたQRコードとWebページの構成なら、はるかに低いコストで同じ機能を試せます。そこで実際に使われた実績があるなら、アプリ化の判断材料になります。使われなかったなら、アプリにしても結果は変わりません。アプリにしたから使われる、ということは起きません。
この3つに答えられるなら、開発に進んで問題ありません。答えられない項目があるなら、そこを詰めるのが先です。
5. よくある質問(FAQ)
Q1. 訪日客向けに自社アプリを作るべきですか?
多くの事業者にとっては作らないほうが合理的です。観光庁の調査では滞在日数は4〜5日が最も多く、1週間以内が過半数を占めます。数日しか滞在しない相手に、ストアを検索してインストールしてもらう手間を求めるのは現実的ではありません。まず既存プラットフォームで代替できないかを検討してください。
Q2. アプリを公開すると、どんな費用が続きますか?
Apple Developer Programは年間99米ドルで、キャンセルするまで毎年自動更新されます。Google Playは25米ドルの1回限りの登録料です。これに加えて、OSの更新への追随、掲載内容の更新、多言語の維持、問い合わせ対応が公開後もずっと続きます。
Q3. アプリを作らずに同じことはできませんか?
多くの場合できます。Googleビジネスプロフィール、OTA、SNS、メッセージングアプリは、旅行者が既に入れているアプリの中に自社の情報を置ける仕組みです。クーポンや案内は、QRコードから開くWebページやWi-Fi接続後の画面でも成立します。
Q4. 組織としてアプリを公開するには何が必要ですか?
Appleの場合、法人格に加えてD-U-N-S番号、組織のドメイン名に紐づくメールアドレス、組織のドメインで正常に機能している一般公開のWebサイトが必要です。法人情報の確認のため、公証を受けた書類を求められることもあります。
Q5. どんな場合ならアプリを作る価値がありますか?
利用回数が多い場合です。ワーケーションや留学など滞在が長い層向け、交通パスや会員証のように繰り返し使うもの、順番待ちや注文のように施設内で使うことが前提のものが該当します。既に自社アプリがあり多言語を追加するだけの場合も合理的です。
Q6. 旅行者はアプリがないことに困っていますか?
観光庁の令和7年度調査で挙がった困りごとは、ごみ箱の少なさ17.2%、施設等のスタッフとのコミュニケーション15.4%、観光地や地域の混雑12.9%などで、アプリの不在は上位に入っていません。課題は現場の対応や表示にあり、アプリで解けるものではありません。
6. まとめ
訪日客向けアプリの検討は、機能の議論から始めると必ず前のめりになります。先に確認すべきは入れてもらえるかです。
整理すると4点です。
1つ目は滞在期間の短さ。4〜5日の滞在が最多で1週間以内が過半数という相手に、検索・ダウンロード・登録・許可という手数を越えてもらう理由が要ります。しかも観光庁調査の困りごと上位は、ごみ箱・スタッフとのコミュニケーション・混雑・交通・多言語表示で、アプリの不在は入っていません。
2つ目は続く費用です。Appleは年間99米ドルの自動更新、Googleは25米ドルの登録料。加えてOS更新への追随、中身の更新、多言語の維持、レビュー対応が公開後もずっと続きます。組織で公開するにはD-U-N-S番号と公開Webサイトが前提になります。
3つ目は代わりが揃っていること。Googleビジネスプロフィール、OTA、SNS、メッセージングアプリで、旅行者が既に入れているアプリの中に自社を置けます。順番待ちや注文も、QRコードから開くWebページで足ります。
4つ目は作る条件です。滞在が長い、繰り返し使う、施設内で必須——いずれも利用回数が多い場合に限られます。作ると決めたら、更新担当・撤退条件・Webでの検証実績の3つを先に固めてください。
7. 優良な海外進出サポート企業をご紹介
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アプリを作るべきかどうかの判断は、自社の業態と利用頻度、既存の集客導線、運用体制をあわせて考える必要があります。インバウンド領域に実績のある企業に相談することで、開発に進むべきか、既存プラットフォームで足りるのかを早い段階で見極められます。
「見積もりは取ったが判断できない」「まず何から試すべきか」といった段階のご相談でも構いません。無料でご相談いただけますので、お気軽にお問い合わせください。
参考文献
・Apple「Apple Developer Programの登録」
https://developer.apple.com/jp/support/enrollment/
・Google Play Console ヘルプ「デベロッパー アカウントを登録する」
https://support.google.com/googleplay/android-developer/answer/6112435?hl=ja
・観光庁「令和7年度『訪日外国人旅行者の受入環境整備に関するアンケート』調査結果」(2026年4月)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001998584.pdf
・観光庁「訪日外国人旅行者用 災害時に役立つツール」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku/jizoku_kankochi/anzenkakuho/inbound/tool.html
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