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海外進出におけるローカライズによる市場適応 ~進出先との“隔たり(distance)”を踏まえた展開~

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海外で事業に取り組む日本企業は年々増加していますが、「日本で成功した商品やサービスをそのまま持ち込めば売れる」という考え方は、海外ビジネスの現場では通用しないことが分かっています。国ごとに異なる流通構造、文化、気候、生活様式、価格感覚、宗教・民族的多様性――。こうした“市場の違い”を理解しないまま進出すると、投入したリソースが回収できず撤退を余儀なくされるケースも少なくありません。

海外事業は、日本国内の延長線上にはありません。それは「海外進出は新規事業=成長戦略」に含まれ、新しい領域への挑戦そのものだからです。新しい領域といっても全く違う領域では、コストもかかり日本での事業とのシナジーが生まれません。海外展開では、まず進出国・地域との“隔たり(distance)”を把握し、現地ニーズを満たすローカライズが必須です。これは実態的にも論理的にも歴史的にも証明されてきている事実です。

1. 新規市場の選択は、あらゆる“隔たり(distance)”で考える

海外進出先の選定において、最近注目される考え方が日本との“隔たり(distance)”です。「地理的な距離」だけでなく、ビジネスの遂行を妨げるあらゆる「distance」を指します。ここでは、特に重要な3つのdistanceについて整理します。

1-1 地理的距離:移動距離や時差が業務の生産性を左右する

移動時間や時差が大きい国ほど、トラブル対応や現地パートナー管理の難易度は格段に上がります。地理的距離が商取引に及ぼす影響について「距離はコストであり、管理難易度として企業活動に重くのしかかる」と指摘されています(柳田 2016)。事実、ウォルマートの米国外での収益性を比較した例では、距離の近いメキシコとカナダで最も高い収益性を示し、その一方でヨーロッパやアジアでの事業は赤字でした(ゲマワット 2009)。距離が近い国であれば出張ベースの活動もしやすく、現地状況を“現地現物”で迅速に把握できます。商品改良や販促活動におけるスピード感も向上するはずです。

1-2 言語的距離:英語圏は日本企業にとってコミュニケーションコストが低い

言語が共通しているかどうかは、海外ビジネスの生産性を大きく左右します。米国企業が英語圏を中心に事業展開するのは、この“言語的距離の近さ”が理由です。先のウォルマートの収益性の例でも、メキシコやカナダと並んで英国での収益性が高いことが分かっています。日本企業の場合、この言語の違いがハードルを高くしています。しかし世界で最も使用されている言語は英語であることに間違いありません。日本企業にとっても中国語やドイツ語、韓国語を使用する国や地域よりも、英語圏に進出する方が難易度が低いことは確実です。

1-3 心理的・文化的距離:親日国でも“日本向け商品”は売れるわけではない

「親日国だから日本製品が売れやすい」というイメージは根強くあります。しかし、日本ブランドや日本品質は海外市場での成功を保証しません(丹下 2013)。理由は単純で、顧客の嗜好や生活環境が日本と異なるからです。たとえば、

  • 日本では売れ筋の商品でも・・・

→ 現地では味の濃淡・デザイン・サイズ感が異なり、ニーズに合わない場合も

  • 日本製は高品質だから、高価格でも・・・

→ 現地の経済レベルや商品カテゴリーの違いもあり、価格設定が必ずしも受け入れられない

  • 現地での販路を開拓はしたが・・・

→ Distributorや販売代理店はインセンティブで動くので、現地の消費者に「売れるモノ」に注力して売ります

親日度(心理的距離)が近くても、購買行動や流通・販売経路の仕組みの一致を保証するわけではないのです。

2. 市場特性と消費者嗜好は国ごとに異なる:ならば“近い方がよい”

国・地域ごとの隔たり(distance)を踏まえると、「どうせ異なるなら、より近い国のほうが取り組みやすい」という考え方もできます。しかし、近くても市場特性は大きく異なることを理解する必要があります。

2-1 流通構造・小売形態の違い

国によって、卸の仕組みや小売店の役割、ECと実店舗の比率は大きく異なります。日本では当たり前の販路が、他国では存在しないケースもあります。たとえば、卸を介さず店舗間で直接取引が行われる国もあり、POP広告の効き方も異なります。

2-2 気候・生活様式・宗教・民族の多様性

同じ国であっても、

  • イスラム教徒と仏教徒で食文化が異なる
  • 南国か高地かで必要な素材や耐久性が変わる
  • 都市部と地方で購買力や購買方法が異なる

など、非常に多様です。生活シーンに根ざした違いは、商品やサービスの“仕様”に直接影響します。

2-3 顧客嗜好は日本とまったく異なる

“日本で好まれるもの”は、海外市場ではまったく違う評価になることがあります。

中小企業でも現地向けの新商品開発を行うことで販路開拓を果たした事例は示されています(張 2012)。実際にローカライズによって成功した事例は複数あり、資本力の大小ではなく、どれだけ現地の消費者の嗜好を理解し適応できるかが成功を左右することが明らかとなっています。

3. ローカライズは海外展開の前提条件である

市場との「隔たり(distance)」が存在する以上、日本の商品やサービスをそのまま持ち込んでも販路を開拓できないのは当然です。また現地のdistributorや販売代理店に一任しても、肝心のターゲット層に合わないものを提供していては積極的になる動機付けには至りません。

3-1 日本のモノやノウハウはそのまま通用しない理由

失敗の多くは「顧客価値のズレ」によるものです。

  • 使用環境が違う
  • 課題が違う
  • 価格感が違う
  • メッセージの響き方が違う

つまり、“日本での価値”が海外では価値として成立しない場合が多いのです。

3-2 ローカライズの実務:商品・サービス・マーケティングの適応

ローカライズとは、単なる翻訳ではありません。商品・サービスに関わるもの全体を“現地仕様”に作り替えることを指します。

  • 商品:味、サイズ、デザイン、機能、素材
  • サービス:提供方法、アフターケア、接客スタイル
  • その他:メッセージ、価格帯、広告媒体の選定

小さな違いが、大きな市場適応の差になります。

3-3 中小企業でも可能なローカライズ

中小企業が現地向けに新商品を開発し、販売を伸ばした事例も紹介されています(張 2012)。これは、“日本の強みをそのまま輸出するのではなく、現地に合わせて再設計する”という発想の重要性を示します。これは一定の資金を用意した上で、

  • 一部仕様変更
  • 現地向けパッケージ
  • 小ロットの試作

など“小さなローカライズ”から海外市場に入り込むことは可能です。

まとめ|海外市場は「成長戦略」。販路開拓の鍵は“現地需要に合う価値づくり”と、その検証のためのテストマーケティング

ここまで見てきたように、海外市場は日本の延長ではありません。地理、文化、生活様式、気候、嗜好――あらゆる要素が異なるからこそ、日本ブランドだけでは成功しないのです。

モスフードサービスの事例では、海外展開とは「新規事業=成長戦略」であるため国内の市場が縮小しているから進出するのではなく新たな市場に積極的に出ていくことだとされています(西原 2022)。そこでの事業の中心に据えるべきは、「海外での販路開拓は“現地の需要に見合った商品・サービス”をつくること」となります。

そのために不可欠なのが、テスト・マーケティングで現地の反応を確かめ、ローカライズ仮説を検証するプロセスです。展示会・ポップアップ・越境EC・小規模販売など、テストマーケティングの手法は多様化しています。「まず売ってみる」「まず使ってもらう」ことで、机上では得られない顧客の本音が見えてきます。海外市場は未知の領域ですが、「隔たり(distance)」を正しく理解し、テストマーケティングで現地の事情を把握することで初めて大きなチャンスが開けるでしょう。

《参考文献》
・柳田志学(2016)「距離」の概念に基づくサービス企業の国際化に関する一考察 -アジア「新・新興国」CLM を事例として
・Ghemawat,P.(2007),Redefining GlobalStrategy : Crossing Border sina World Where Differences Still Matter, Harvard Business School Publishing Corporation(望月衛訳 2009)『ゲマワット教授の経営教室:コークの味は国ごとに違うべきか』文芸春秋)
・丹下英明(2013)消費財中小企業の海外市場開拓−欧州流通業者のニーズと中小企業のマーケティング戦略−
・西原博之(2022)「モスフードサービスの国際化・グローバル化について今後の展望と将来ビジョン ―モスフードサービス、櫻田会長へのインタビューを中心として―」『明治学院大学産業経済研究所研究所年報』第 38巻,1-18頁
・張又心(2012)中小企業の国際化戦略』88頁(同友館)

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