訪日向けマーケティングの年間ロードマップ|国別の連休から逆算する計画の立て方
「インバウンドの繁忙期に合わせて施策を打ちましょう」とよく言われます。しかしJNTOの2025年のデータを開くと、訪日客数の最多月は4月の390万9,128人、最少月は2月の325万8,491人で、差はわずか1.20倍しかありません。全体で見るかぎり、繁忙期と呼べるほどの山谷は存在しないのです。
ところが同じデータを市場別に開くと、景色が一変します。タイは最多の12月と最少の8月で4.90倍、オーストラリアは最多の1月と最少の8月で3.40倍。しかも、ある市場の山が別の市場の谷になっています(出典:JNTO「訪日外客統計」)。
つまり「訪日客の繁忙期」という言葉には中身がありません。あるのは市場ごとのカレンダーだけです。
この記事では、宿泊施設・飲食店・小売店・観光施設の担当者に向けて、国別の連休と季節性から逆算して年間計画を組み立てる手順を解説します。何を、どの市場に向けて、何か月前に仕込むのかを決めるための記事です。
この記事でわかること
- ・訪日客数の季節差が、全体では1.20倍・市場別では最大4.90倍になる理由
- ・ある市場の繁忙期が、別の市場の閑散期になっているという構造
- ・中国の連休日程が前年11月に確定するという、計画づくりの前提
- ・旧暦で毎年動く休みと、固定日の休みの見分け方
- ・多言語ページ・SNS・店頭掲示それぞれに必要なリードタイム
- ・狙う市場を2つに絞ってカレンダーを重ねる年間計画の作り方
▼この記事の目次
1. 「訪日客の繁忙期」は市場ごとに違う
全体で見ると季節差は1.2倍しかない
年間計画を立てるとき、多くの担当者がまず「いつが忙しいのか」を調べます。ところが訪日客全体の月別推移を見ても、判断材料になりません。
JNTOが公表している2025年の訪日外客数は、最も多い4月が390万9,128人、最も少ない2月が325万8,491人。その差は1.20倍にとどまります。10月も389万人台で4月に迫り、1月・5月・12月も350万人を超えています。どの月も似た水準で、施策の強弱をつける根拠になりません。
これは当然といえば当然で、訪日客は世界中から来ています。北半球の夏休みに動く市場もあれば、南半球の夏である1月に動く市場もあり、旧正月に動く市場もある。それぞれのピークが年間に散らばった結果、合計すると平らになるのです。
ここで「全体が平らなのだから、施策も年間通して均等に打てばよい」と考えると、機会を逃します。平らに見えるのは合計値だけで、個々の市場は激しく上下しているためです。
年間計画の第一歩は、全体の数字を見るのをやめることです。自社が狙う市場、あるいは実際に来ている市場を特定し、その市場の月別推移だけを見る。ここから始めないと、計画は「なんとなく春と秋に力を入れる」という漠然としたものにしかなりません。
市場別に見ると最大4.9倍の差がある
同じJNTOの2025年データを市場別に開くと、様相はまったく変わります。主要な市場の最多月と最少月を並べてみます。
・タイ:最多12月17万4,009人 / 最少8月3万5,499人(4.90倍)
・フランス:最多10月5万8,242人 / 最少1月1万6,515人(3.53倍)
・オーストラリア:最多1月14万185人 / 最少8月4万1,250人(3.40倍)
・中国:最多8月101万8,747人 / 最少12月33万435人(3.08倍)
・英国:最多4月6万9,496人 / 最少1月2万6,378人(2.63倍)
・香港:最多12月29万1,133人 / 最少9月14万9,472人(1.95倍)
・米国:最多6月34万5,150人 / 最少1月18万2,556人(1.89倍)
・韓国:最多12月97万4,239人 / 最少8月66万917人(1.47倍)
注目すべきは倍率の大きさより、山と谷が逆を向いていることです。8月は中国と台湾のピークですが、タイ・オーストラリア・韓国にとっては最少月。逆に12月は韓国・香港・タイのピークですが、中国にとっては最少月です。
この構造がわかると、打ち手が変わります。8月に「訪日客が少ない」と感じている施設は、実はタイや豪州の客層に依存しているのかもしれません。その場合、8月に広告費を投じるべき相手は中国や台湾です。
なお、旅行の時期を決めているのは日本の季節ではなく送り出す側のカレンダーです。タイと豪州が12月〜1月に集中するのは、自国の長期休暇と重なるため。欧州が春と秋に伸びるのは、復活祭と夏季休暇の前後に旅行が集中するからです。桜や紅葉に引かれて来る層は確かにいますが、それだけでは市場ごとの偏りは説明できません。
2. 逆算の起点になる連休カレンダー
中国の日程は前年11月に確定する
市場を絞ったら、次はその市場の連休がいつかを押さえます。ここで実務上もっとも重要なのが、日程がいつ確定するのかという点です。
中国の場合、翌年の休暇日程は中国国務院弁公庁が例年11月上旬に公布します。2026年分の通知は2025年11月4日に公表され、次のように定められました。
・元旦:1月1日〜3日(3連休)
・春節:2月15日〜23日(9連休)
・清明節:4月4日〜6日(3連休)
・労働節:5月1日〜5日(5連休)
・端午節:6月19日〜21日(3連休)
・中秋節:9月25日〜27日(3連休)
・国慶節:10月1日〜7日(7連休)
(出典:中華人民共和国中央人民政府「国務院弁公庁による2026年の一部祝祭日の日程に関する通知」)
注意したいのは、中国の連休が振替出勤とセットで作られることです。前後の土日を出勤日に振り替えて長い連休を作るため、暦を見ただけでは何連休になるかがわかりません。9連休になるか5連休で終わるかで、旅行の行き先が近場か日本かに分かれます。
実務への落とし方は明快です。翌年の計画は、11月の公布を待ってから確定させる。それ以前に組む計画は、日程が動く前提の暫定版として扱います。特に春節は2月にも1月にも動くため、仮の日付で在庫や人員を押さえると空振りになりかねません。
旧暦で動く休みと、固定日の休み
連休を扱うときは、毎年日付が動くものと、動かないものを分けて管理すると混乱しません。
旧暦で動く休みの代表が春節(旧正月)です。中国だけでなく、台湾・香港・シンガポール・マレーシア・ベトナムも同じ時期に休みます。1月下旬から2月中旬の間で毎年動くため、「2月の施策」として固定すると年によってずれます。韓国のソルラル(旧正月)とチュソク(秋夕)、中国の中秋節も旧暦基準です。
これに対して固定日の休みは計画に組み込みやすくなります。中国の国慶節は10月1日から、労働節は5月1日から。欧米のクリスマスと年末年始も日付が動きません。数年先まで予定を立てられるため、大きな投資を伴う施策はこちらに合わせるほうが安全です。
もうひとつ意識したいのが移動の集中と分散です。連休が長いほど遠方への旅行が選ばれやすく、短い連休では近距離が選ばれます。9連休の春節と3連休の清明節では、同じ中国市場でも来る層が違います。長い連休は初来日と家族連れ、短い連休はリピーターと個人旅行という傾向を頭に置いて、打ち出す内容を変えてください。
そして日本側の季節性も重ねます。桜、紅葉、雪、花火といった要素は、旅行先として日本が選ばれる理由そのものです。相手国の連休と日本の見どころが重なる時期が、最も競争が激しく、同時に最も取りやすい時期になります。
3. 何か月前に何を仕込むか
施策ごとに必要なリードタイムが違う
連休の日付が決まったら、そこから逆算して施策を並べます。ここで失敗しやすいのが、すべての施策を同じタイミングで動かそうとすることです。準備に必要な期間は施策ごとに大きく違います。
3か月前に着手すべきものは、制作を伴う施策です。多言語ページの新設や作り替え、OTAの掲載内容と写真の更新、パンフレットや館内表示の多言語化がこれにあたります。翻訳の発注と確認、撮影、掲載審査を挟むため、思ったより時間がかかります。検索エンジンに評価されるまでの期間も考えると、遅くとも3か月前には形にしておきたいところです。
1〜2か月前に動かすものは、発信と広告です。SNSでの投稿、広告配信、インフルエンサーへの依頼がここに入ります。旅行者が行き先を検討している時期に重ねるためのもので、早すぎると忘れられ、遅すぎると予約が終わっています。
直前で間に合うものは、現場の準備です。店頭の掲示、スタッフへの共有、決済手段の確認、在庫の積み増しなど。ここは早く動かしても効果が薄く、むしろ直前のほうが精度が上がります。
この順序を守ると、予算の使い方も自然に分散します。制作費は先に、広告費は直前に集中する形になり、月ごとの支出が平準化されます。すべてを同時に動かそうとすると、特定の月に費用が偏り、資金繰りを圧迫します。
予約が入る時期から逆算する
リードタイムを考えるうえで、連休そのものより重要なのが予約が入る時期です。訪日客が来る日と、行き先を決める日は別物だからです。
目安として、航空券と宿泊の予約は連休の数か月前に動き始めます。長い連休ほど早く、遠い国ほど早い傾向があります。9連休の春節に日本へ来る中国の家族連れは、前年のうちに検討を始めていることも珍しくありません。
ここで整理しておきたいのが、何を売るのかによって逆算の起点が変わることです。宿泊のように事前予約が前提のものは、予約が動く時期に合わせて情報を出す必要があります。一方、飲食店や小売店のように現地で行き先を決められるものは、旅行中に検索される時期、つまり連休の直前から最中が勝負になります。
自社がどちらなのかで、力を入れる月が1〜2か月ずれます。宿泊施設が「連休の直前に広告を出す」のは遅く、飲食店が「3か月前にSNSを頑張る」のは早すぎる、ということです。
そして連休が終わった直後も計画に入れてください。滞在中に得た口コミやレビューが積み上がるのはこの時期で、次の連休に向けた資産になります。満足度の調査や口コミの依頼を、連休明けの定型業務として組み込んでおくと、翌年の集客が楽になります。
4. 年間計画に落とし込む
狙う市場を2つに絞ってカレンダーを重ねる
ここまでを1枚の計画にまとめます。手順はシンプルで、市場を絞り、そのカレンダーを重ね、リードタイムの分だけ前倒しするだけです。
まず市場の数ですが、2つ程度が現実的です。1つでは季節変動をそのまま受けてしまい、3つ以上に増やすと言語も打ち出し方も分散して、どれも中途半端になります。
選ぶときの基準は、自社との相性に加えてピークが重ならないことです。前述のとおり中国は8月が最多で12月が最少、タイは12月が最多で8月が最少という、ちょうど逆の関係にあります。この2つを組み合わせれば、互いの谷を埋め合う形になります。逆に中国と台湾のように山が近い市場を2つ選ぶと、繁閑の差はかえって大きくなります。
次に、選んだ2市場の連休と、日本側の見どころをカレンダー上に並べます。そのうえで、それぞれの山の3か月前に制作、1〜2か月前に発信、直前に現場準備を書き込みます。この時点で、どの月に何をするかがほぼ埋まります。
埋まらない月が残ったら、そこが改善と仕込みに使える月です。多言語表示の見直し、スタッフ教育、前回の連休で集まった声の分析など、集客以外の作業をここに寄せます。閑散期を「何もない月」ではなく「翌年の準備をする月」として設計できると、年間を通して手が空かなくなります。
計画が崩れる要因と、見直しのタイミング
年間計画は立てた瞬間から古くなります。前提が変わるためです。あらかじめ見直す時期を決めておくことが、計画を機能させる条件になります。
崩れる要因は主に3つです。
1つ目は為替で、円高に振れると価格に敏感な市場から順に落ち込みます。
2つ目は航空便の増減です。直行便の就航や減便は、その市場の訪日客数を数か月で大きく動かします。
3つ目は制度の変更で、査証の運用や入国手続きの変更、免税制度の改正などが該当します。
見直しの頻度は四半期に一度を基本とし、これとは別に大型連休の直前にもう一度確認する形が扱いやすい運用です。連休直前は、実際の予約状況を見て在庫や人員の配分を微調整できる最後の機会になります。
そして翌年の計画は、中国の休暇日程が公布される11月以降に確定させます。それより前に作るものは暫定版と割り切り、日付が動いても崩れない部分(制作物の準備、体制整備)だけを先に進めておきます。
最後に、計画の粒度についてです。月単位で十分です。週単位まで細かくすると、変更のたびに作り直すことになり、維持できなくなります。月ごとに「狙う市場」「打つ施策」「準備しておくこと」の3行が書かれていれば、年間計画としては機能します。
5. よくある質問(FAQ)
Q1. 訪日客の繁忙期はいつですか?
全体では明確な繁忙期がありません。JNTOの2025年データでは最多の4月が390万人、最少の2月が325万人で差は1.20倍にとどまります。一方で市場別に見ると、タイは12月と8月で4.90倍、豪州は1月と8月で3.40倍の差があり、しかもピークの月が市場ごとに正反対です。
Q2. なぜ市場ごとにピークが違うのですか?
自国の長期休暇の時期が違うためです。中国は春節と夏休みに集中し、タイと豪州は南半球や熱帯の季節感から12月〜1月に動きます。欧州は夏季休暇と復活祭の前後に旅行が増えます。訪日側の季節ではなく、送り出す側のカレンダーで決まります。
Q3. 中国の連休の日程はいつわかりますか?
中国国務院弁公庁が例年11月上旬に翌年の休暇日程を公布します。2026年分は2025年11月4日に公表され、春節は2月15日から23日までの9連休、国慶節は10月1日から7日までの7連休となりました。翌年の計画を確定させるのは、この公表を待ってからが確実です。
Q4. 施策はどれくらい前から準備すべきですか?
施策によって必要な期間が違います。多言語ページの制作やOTAの掲載内容の見直しは3か月前、SNSでの発信や広告は1〜2か月前、店頭の掲示やスタッフ教育は直前で間に合います。旅行者が予約する時期から逆算して並べてください。
Q5. 狙う市場はいくつに絞るべきですか?
2つ程度が現実的です。ピークが重ならない組み合わせを選べば、繁閑の谷を互いに埋められます。たとえば中国は8月が最多で12月が最少、タイは逆に12月が最多で8月が最少という関係にあります。
Q6. 年間計画はどのタイミングで見直せばよいですか?
四半期に一度が目安です。為替や航空便の増減、渡航に関する制度変更は年内でも起こります。特に大型連休の直前は、実際の予約状況を見て在庫や人員の配分を微調整できる最後の機会になります。
6. まとめ
「インバウンドの繁忙期」という言葉には中身がありません。訪日客全体の月別推移は最多と最少で1.20倍しか違わず、施策の強弱をつける根拠になりません。あるのは市場ごとのカレンダーだけです。
手順は4つです。
1つ目は全体の数字を見るのをやめること。市場別に開けばタイは4.90倍、豪州は3.40倍の差があり、8月は中国のピークでタイの谷、12月はタイのピークで中国の谷という具合に、山と谷が逆を向いています。
2つ目は連休カレンダーを起点にすること。中国の翌年日程は例年11月上旬に国務院弁公庁が公布します。旧暦で動く春節と、固定日の国慶節やクリスマスを分けて管理してください。
3つ目はリードタイムで前倒しすること。制作物は3か月前、発信と広告は1〜2か月前、現場準備は直前です。宿泊のように事前予約が前提の業態と、飲食・小売のように現地で決まる業態では、力を入れる月が1〜2か月ずれます。
4つ目は市場を2つに絞ってカレンダーを重ねること。ピークが重ならない組み合わせを選べば、互いの谷を埋め合えます。埋まらない月は改善と仕込みに充て、四半期ごとに計画を見直してください。
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年間計画づくりは、市場データの読み込みから、狙う市場の選定、施策の組み立て、制作物の準備、そして効果測定までが一続きになっています。インバウンド領域に実績のある企業に相談することで、自社の業態と商圏に合った計画を無駄なく組み立てられます。
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参考文献
・日本政府観光局(JNTO)「訪日外客統計(国籍/月別 訪日外客数)」
https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/
・中華人民共和国中央人民政府「国務院弁公庁による2026年の一部祝祭日の日程に関する通知」(2025年11月)
https://www.gov.cn/zhengce/content/202511/content_7047090.htm
・日本貿易振興機構(ジェトロ)「祝祭日|中国」
https://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/holiday.html
・観光庁「インバウンド消費動向調査 2025年暦年の調査結果(確報)の概要」(2026年3月)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001992584.pdf
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