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海外事業を任せられる人がいない|駐在員1名のコストと「外部化」の損益分岐点

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海外進出のご相談をいただく企業のなかには、市場も商材も決まっていて、予算の目処も立っているのに、計画が一向に前へ進まないというケースが少なくありません。話をうかがっていくと、その原因はたいてい一つに行き着きます。その事業を任せられる人が、社内にいないのです。

海外事業は、国内事業の延長線上にあるようでいて、求められる知識も判断の軸もかなり違います。誰かが片手間で兼務できるものではありません。かといって専任者を採用しようとすると、今度は「海外事業の実務経験者」という極端に薄い母集団を相手にすることになります。求人を出して半年、1年と時間だけが過ぎ、その間に進出のタイミングそのものを逃してしまう。そうした事例は、決して珍しいものではありません。

そこで検討されるのが駐在員の派遣です。ただし、駐在員を1名置くという判断は、提示される給与額から想像されるよりもはるかに重い意思決定になります。住宅、教育、保険、ビザ、一時帰国と、給与の外側に積み上がる費目が非常に多いためです。

本記事では、駐在員1名にかかる年間の総コストを費目ごとに積み上げたうえで、社内で採用・派遣すべきフェーズと、外部の人材に任せたほうが構造的に合理的なフェーズの境界線を整理します。「外部委託のほうが安い」という単純な話ではありません。コストの絶対額ではなく、事業フェーズと想定売上規模に対してどちらの体制が噛み合うのか。その判断軸をお伝えします。

  • <この記事でわかること>
    • 海外進出が止まる最大の理由が、市場でも資金でもなく「担当者の不在」である理由
    • 駐在員1名を1年間置いた場合にかかる総コストの内訳と、年間の目安金額
    • その固定費を正当化するために、現地でいくらの売上が必要になるのか
    • 企画調査・進出準備・立ち上げ・運営の4フェーズで、求められるスキルが別物である理由
    • 担当者1名に依存したときに生じる「属人化リスク」の具体的な中身
    • 採用するか外部に置くかを、事業フェーズ・想定売上規模・期間の3軸で判断する方法
    • 関与レベルを段階的に設計するという体制のつくり方

1. 海外進出が止まる最大の理由は、市場でも資金でもない

計画は完成しているのに、動き出さない

海外進出が頓挫する理由として真っ先に挙がるのは、市場を読み違えた、資金が続かなかった、現地パートナーとの関係がうまくいかなかった、といった要因でしょう。しかし実際には、そもそも計画が実行フェーズに入る前に止まってしまっている企業のほうが、はるかに多いというのが実感です。経営会議で進出方針が承認され、対象国の候補まで絞り込まれている。それでも半年後に状況をうかがうと、何も変わっていない。こうした状態は珍しくありません。

この段階で欠けているのは情報でも意思決定でもなく、その計画を日々前に進める人です。海外事業は、現地の情報収集、候補パートナーへの接触、法務・税務の専門家との折衝、社内への報告と、細かな実務が絶え間なく発生します。誰かが専任でそれを引き受けない限り、計画は資料のまま止まり続けます。

弊社に寄せられるご相談の入口は、そのほとんどが「どの国がいいか」「市場性はあるか」というものです。ところが実際にヒアリングを進めていくと、その手前で止まっている企業が大半でした。2006年から1,500社を超える企業の海外進出に関わってきましたが、進出が動かない理由の上位は一貫して市場でも資金でもなく、担当者の不在です。

海外事業の経験者は、そもそも採用市場に薄い

では専任者を採用すればよいかというと、ここに次の壁があります。海外事業の立ち上げ経験を持つ人材は、そもそも転職市場に出てくる母数が限られています。加えて、自社が狙う国・業種・進出形態と経験が噛み合う人となると、候補はさらに絞られます。東南アジアでの販売会社立ち上げを経験した人材と、北米でのSaaS展開を経験した人材とでは、持っている引き出しがまったく違うからです。

結果として、募集を開始してから採用決定まで半年以上、入社後の立ち上がり期間まで含めると1年近くかかることも起こり得ます。その間、進出計画は事実上停止します。市場環境も競合の状況も動いていきますから、待っている時間そのものが機会損失として積み上がっていきます。

「とりあえず兼務」で始めた案件が失速する理由

採用が難しいとなると、次善の策として国内事業の担当者が兼務する形が選ばれがちです。ただ、この形はほとんどの場合、時間の経過とともに失速します。兼務者にとっては、既存事業の数字のほうが直近の評価に直結するためです。海外事業の調査や資料作成は、優先順位の下のほうに置かれ続けます。悪意があるわけではなく、構造としてそうならざるを得ません。

さらに、兼務者は海外事業の実務経験を持たないことが大半です。何を調べれば意思決定に足りるのか、どこまで進めば次のフェーズに移れるのかという勘所がないまま、手探りで進めることになります。時間をかけた割に判断材料が揃わず、会議のたびに「もう少し情報を集めましょう」で終わる。この状態が続くと、社内では海外事業そのものへの熱量が下がっていきます。

オーナー企業では、社長自身が担当者になっている

中小・オーナー企業に多いのが、社長ご自身が海外事業の実質的な担当者になっているパターンです。決裁はその場で下りるのに、社長の時間が国内業務で埋まっているため、実務が週に数時間しか進まない。この場合、社内に任せられる人がいないという以前に、社長の可処分時間そのものがボトルネックになっています。

2. 駐在員1名にかかる年間コストを積み上げる

給与だけを見ていると、判断を誤る

社内から適任者を選んで駐在させる場合、議論の対象になりやすいのは本人の給与と海外勤務手当です。しかし駐在員のコストは、給与の外側に積み上がる部分のほうが大きくなります。住居は会社が借り上げるのが一般的ですし、家族を帯同すれば子女の教育費も会社負担になることが多いでしょう。加えて、ビザやワークパーミットの申請費用、赴任・帰任時の渡航と引越し、海外医療に対応した保険、年に1〜2回の一時帰国と、費目は次々に出てきます。

これらは一つひとつは大きく見えなくても、合算すると給与本体に匹敵する規模になります。駐在員派遣の可否を検討する際は、必ず総額で見る必要があります。

費目別の内訳を見る

ここでは、ASEAN主要都市に課長クラスの社員を1名派遣し、配偶者と子1名を帯同するというモデルケースで、年間コストを積み上げてみます。国内給与を800万円と想定した場合の目安です。

費目年間目安内容
基本給与(国内水準)800万円課長クラスを想定した国内給与ベース
海外勤務手当・地域手当200万円国内給与に一定割合を上乗せするケースを想定
社会保険料(会社負担分)120万円健康保険・厚生年金等の事業主負担
住宅費(会社借上げ)300万円家族向けサービスアパート等、月25万円前後
子女教育費250万円インターナショナルスクール1名分の学費・諸費
現地所得税の会社負担100万円手取り保証方式によるグロスアップ相当
赴任・帰任費用(年換算)60万円渡航費・引越費・支度金を任期3年で按分
一時帰国費用60万円年1〜2回、帯同家族分を含む
車両・通勤関連60万円社用車または運転手付き車両の利用
海外医療保険・健康管理50万円家族分を含む海外医療・緊急移送対応
語学研修・赴任前研修40万円語学、異文化理解、安全管理などの研修
ビザ・就労許可の申請費用30万円本人および帯同家族分、更新費用を含む
合計2,070万円年間の総コスト相当

※ 上記は一般的な水準をもとにしたモデルケースであり、派遣先の国・都市、家族構成、社内規程によって金額は大きく変動します。単身赴任であれば教育費と住宅費が下がり、欧米の主要都市であれば住宅費と教育費がさらに上振れします。実際の検討にあたっては、自社の海外赴任規程に沿った試算が必要です。

都市によって、総額は数百万円単位で変わる

同じASEANでも、都市によって総額の水準は大きく異なります。弊社が実際に支援している範囲での実感値は、次のとおりです。

都市家族帯同・年間総額の実感値差が出る主な要因
クアラルンプール1,400〜1,800万円住宅・教育とも安い。日本人学校があり教育費を大幅に圧縮できる
バンコク/ホーチミン1,800〜2,200万円住宅は安いが、インターナショナルスクールの学費が高止まりする
シンガポール3,000〜3,500万円住宅費が突出。上表の300万円では収まらない

特に子女教育費は、上の表では250万円としていますが、クアラルンプールのインターナショナルスクールは、学校・学年によって幅があり、主要なプレミアム校では年間200〜400万円程度になるケースもあり、一方でクアラルンプール日本人学校を選べば数十万円まで下がります。教育の選択肢がある国かどうかで、総額が数百万円単位で変わります。

表に現れないコストが2つある

一つは、就労ビザの取得要件そのものがコストになるという点です。マレーシアの場合、駐在員のEmployment Pass取得には現地法人側のESD登録要件として払込資本金等の条件があり、EP自体にも給与・職位等の要件があります。人を置きたいから置くという順番では進められず、法人の設計から逆算する必要があります。

もう一つは、本社側の管理工数です。駐在員を1名置くと、本社側でその報告を受け、稟議を回し、送金や労務を処理する担当が必ず必要になります。実務上は本社で0.3〜0.5名分の工数が発生していますが、これが総コストに計上されることはほとんどありません。

年間2,000万円という水準が意味すること

合計すると、駐在員1名あたり年間で2,000万円前後という水準になります。単身赴任で住宅グレードを抑えれば1,200万円程度まで下がることもありますし、欧米の主要都市に家族帯同で派遣すれば3,000万円を超えることもあります。いずれにせよ、社内で語られる「給与800万円の社員を1人出す」という感覚と、実際に会社が負担する金額との間には、2倍以上の開きがあると考えておくべきです。

そしてこの金額は、赴任期間中ずっと発生し続ける固定費です。任期を3年とすれば、それだけで6,000万円規模の投資を確定させることになります。海外事業の立ち上げには、これとは別に法人設立費用、拠点の開設費用、初期のマーケティング費用がかかりますから、駐在員の派遣は進出予算全体のなかでもかなり大きな比重を占めることになります。

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3. その固定費を正当化するには、現地でいくらの売上が必要か

粗利から逆算する損益分岐点

年間2,070万円というコストを、現地事業の売上から回収することを考えてみます。仮に現地事業の粗利率を30%とすると、この1名分のコストを賄うだけで、年間およそ6,900万円の売上が必要になる計算です。実際には拠点の賃料、現地スタッフの人件費、法務・会計の外部委託費なども発生しますから、駐在員を1名置いた体制を成立させるには、現地売上で年間1億円前後が一つの目安になります。(※ あくまで本記事におけるモデルケースでの計算になります)

もちろん、粗利率が高い事業であれば必要売上は下がりますし、駐在員が営業以外の管理や生産の役割を担うのであれば、売上ではなくコスト削減効果で評価すべき場面もあります。ここで申し上げたいのは正確な数値そのものではなく、駐在員1名という判断が「現地で年間1億円規模の事業を回す」という前提とセットになっている、という構造の話です。

なお、調達拠点や生産拠点として進出する場合は、売上ではなく調達単価の低減額や品質不良の削減額で評価すべきです。この場合の目安は、駐在員1名あたり年間2,000万円以上のコスト改善が3年以内に見込めるかどうか、という基準に置き換わります。

売上ゼロのフェーズに固定費を置くという無理

この構造を踏まえると、多くの企業がつまずく理由が見えてきます。駐在員が最も必要とされるのは、進出を検討し、準備を進め、拠点を立ち上げるまでの期間です。ところがこの期間は、現地売上がまだゼロ、あるいはごくわずかしかありません。つまり、回収の見込みが最も立ちにくいタイミングで、最も重い固定費を置くという判断を迫られることになります。

そしてこの重さは、事業の意思決定そのものを歪めることがあります。年間2,000万円をかけて人を送り込んだ以上、後戻りしづらくなるからです。本来であれば「この国は難しい」と判断して撤退や方針転換をすべき局面でも、投じたコストが判断を鈍らせます。結果として、傷が浅いうちに止められたはずの案件が、数年かけて大きな損失になっていく。こうしたケースは実際に起きています。

ただ、現場でより強く働くのは人事上の力学です。駐在員を任期途中で帰任させることは、社内的に「あの進出は失敗だった」と認めることになります。本人のキャリアにも傷がつく。結果として、事業として止めるべきだと分かっていても、任期満了まで待つという判断になりがちです。年間2,000万円の固定費が、そのまま数年分の撤退遅延とセットになる構造です。

「安いから外部化する」のではなく「フェーズが合うから外部化する」

近年は、海外事業の実務を外部の専門人材に任せるという選択肢が広がっています。海外事業の実務経験者に自社の担当者として動いてもらう形です。駐在員1名の数分の一程度の費用で活用することも可能です。

ただし、これを「安いほうを選ぶ」という文脈で捉えるのは、判断としては危ういと考えています。外部人材は駐在員の完全な代替ではありません。現地に常駐して工場を日々管理する、現地スタッフを直接マネジメントして組織をつくる、といった役割は、やはり自社の人間が現地にいなければ担えません。

両者の違いは価格ではなく、噛み合うフェーズです。売上がまだ立っていない企画調査から立ち上げまでの期間は、重い固定費を置かずに実務を前に進められる外部化のほうが構造的に合理的です。そして事業が軌道に乗り、現地で年間1億円規模の売上が見えてきた段階で、はじめて駐在員という固定費が投資として成立します。この順序を逆にすると、多くの場合うまくいきません。

4. 1人に全フェーズを任せると、必ずどこかが破綻する

4つのフェーズで求められるスキルは別物

コストの話とは別に、もう一つ構造的な問題があります。海外事業は大きく、企画調査、進出準備、立ち上げ、運営という4つのフェーズをたどりますが、それぞれで求められる能力がまったく違うということです。

企画調査のフェーズでは、市場や競合を調べ、進出の可否そのものを判断する力が問われます。求められるのは、情報を構造化して経営に提示する力です。進出準備のフェーズに入ると、法人設立、契約書の確認、現地パートナーの選定といった実務が中心になります。ここで必要なのは、専門家を使いこなす調整力と、契約リスクを読む力です。立ち上げのフェーズでは、拠点の開設、現地採用、初期のマーケティング設計といった実行力が問われます。そして運営フェーズでは、売上を伸ばし、現地スタッフをマネジメントし、定期的に振り返って軌道修正する継続的な運用力が求められます。

この4つは、同じ「海外事業」という言葉でくくられていても、実際にはかなり異なる職種に近い性質を持っています。それを1人の担当者に、進出開始から数年にわたって連続して担わせるという設計そのものに、無理があります。

上流フェーズが手薄になるパターン

よく見られるのは、実行力のある人材を担当に据えたために、上流の検討が薄いまま進んでしまうケースです。現場を動かすのが得意な担当者は、調査や分析よりも先に手を動かしたくなります。その結果、市場の見立てが甘いまま法人設立まで進み、いざ販売を始めてから「そもそも想定していた顧客がいなかった」ことに気づく。設立してしまった以上、方針転換のコストは大きく膨らみます。

運営フェーズが回らなくなるパターン

逆のパターンもあります。調査や計画づくりに長けた人材が担当した場合、進出の判断までは非常に精度高く進みます。ところが拠点が立ち上がり、現地スタッフを採用し、日々の数字を追いかけるフェーズに入ると、途端に運営が回らなくなる。現地スタッフの離職が続いたり、営業活動が計画のまま実行に移らなかったりします。立ち上げまでは順調だったのに、その後2年ほどで停滞してしまう事業には、この構造が背景にあることが少なくありません。

とりわけ多いのが、現地スタッフのマネジメントで躓くケースです。日本で部下を持った経験のない担当者が、赴任した途端に十数名の現地スタッフを率いる立場になる。しかもASEANでは、指示の出し方、評価の伝え方、離職に対する感覚が日本と大きく異なります。国内で管理職経験があっても通用しないことが多く、ここで組織が回らなくなるケースを数多く見てきました。

どちらのパターンも、担当者個人の能力不足が原因ではありません。フェーズごとに求められるものが違うにもかかわらず、同じ1人に全部を任せる構造にしていることが原因です。

そうであれば、本来はフェーズごとに担当を替えるのが合理的です。ところが日本企業では、担当者を替えることが前任者の否定と受け取られやすく、実際にはほとんど行われません。外部人材を組み合わせる利点の一つは、この入れ替えを人事評価の問題にせずに実行できる点にあります。

5. 担当者1名への依存が生む、属人化というリスク

引継ぎができない状態が生まれる

海外事業を1名の担当者に任せていると、時間の経過とともに、その人以外には引き継げない状態が出来上がっていきます。現地パートナーとの関係、行政窓口の担当者との人間関係、契約交渉の経緯、過去に見送った候補先とその理由。こうした情報は、多くの場合ドキュメントとして残りません。担当者本人の頭の中と、個人のメールボックスの中に蓄積されていきます。

日本側の関係者は、月次の報告で数字と進捗を聞いているだけですから、実際に何が起きているのかを把握できていません。報告が「順調です」で埋まっている期間ほど、内実がブラックボックス化していきます。

そして属人化の影響は、ASEANでは国内の比ではありません。取引が会社対会社ではなく、人対人で成立している場面が多いためです。担当者が交代した途端、現地パートナーから条件の見直しを持ち出される、行政の窓口で話が通らなくなる、といったことが実際に起こります。前任者との関係で成立していた取引条件は、後任には引き継がれないという前提で設計しておく必要があります。

ノウハウが会社ではなく個人に貯まる

属人化のもう一つの側面は、せっかく得た知見が会社の資産にならないことです。ある国での進出で得た手順や失敗の教訓は、本来であれば次の国に展開するときに使えるはずのものです。ところが担当者個人の経験として蓄積されてしまうと、二カ国目でもまた同じところでつまずくことになります。複数国への展開を視野に入れている企業にとって、これは見過ごせない損失です。

残すべきは議事録ではありません。第一に、見送った候補先とその理由。第二に、契約交渉で譲った条件と譲らなかった条件。第三に、行政やパートナーの窓口担当者名と、関係性の温度。この3点は担当者の頭の中にしか残らず、かつ後任が最も必要とする情報です。

帰任・退職が事業の停止に直結する

そして最も大きなリスクが、その担当者がいなくなったときです。退職はもちろん、駐在員の場合は任期満了による帰任も、同じリスクとして働きます。任期が3年であれば、3年ごとに事業のハンドルを握る人が入れ替わるということです。後任は前任の関係性を引き継げませんから、現地パートナーとの信頼関係を一から作り直すことになります。せっかく積み上げてきたものが、人の交代のたびにリセットされていきます。

この問題は、担当者をより優秀な人に替えても解決しません。1人に依存する構造を変えない限り、同じことが繰り返されるからです。そのため、実務を担う人とは別に、進捗を定期的に確認して情報を組織側に残す管理者を置く、という二重構造をあらかじめ設計しておくことが有効です。実務が個人に紐づいても、判断の経緯と現状は組織に残る。この形にしておくと、担当者が交代しても事業は止まりません。

6. 採用すべきか、外部に置くべきか:4つの判断軸

判断軸1:いま自社はどの事業フェーズにいるか

最初に確認すべきは、自社の海外事業が4つのフェーズのどこにあるかです。企画調査から立ち上げまでの段階では、業務量が月によって大きく変動します。調査が集中する月もあれば、行政の審査待ちで動きが少ない月もあります。この不安定な業務量に対して、フルタイムの固定人員を置くのは効率が良くありません。逆に運営フェーズに入って現地に日常業務が発生するようになれば、常駐する自社の人間が必要になります。

判断軸2:現地でどれくらいの売上を見込むか

次に、その国で何年後にどれくらいの売上を見込むかです。先ほど触れたとおり、駐在員1名の固定費を回収するには現地売上で年間1億円前後が目安になります。3年以内にその規模が見えるのであれば、早い段階から自社の人材を送り込み、組織づくりに時間をかける意味があります。一方で、当面の想定が数千万円規模にとどまるのであれば、その段階で駐在員を置くと事業は構造的に赤字から抜けられません。

判断軸3:どこまでの期間をコミットできるか

三つ目は、経営として何年コミットできるかです。海外事業の専任者を採用するということは、その事業が数年続く前提で人を雇うということです。もし1年以内に撤退の可能性が残っているのであれば、採用した人材の処遇という問題が後から重くのしかかります。撤退の可能性を残したまま検証を進めたい段階では、体制を伸縮させられる形にしておくほうが、経営としての選択肢は広く保てます。

判断軸4:その国は本命か、まだ検証中か

四つ目として、実務上ぜひ確認していただきたいのが、その国が本命として確定しているかどうかです。複数国を並行して検討している段階で1カ国に駐在員を置くと、その国を選んだことが既成事実になり、他国との比較検討が実質的に終わってしまいます。国の絞り込みが終わっていない段階では、体制を軽く保つことが、そのまま選択肢を守ることに直結します。

複数の軸を組み合わせて判断する

これらを組み合わせると、自社が採用に向かうべきか、外部に置くべきかがおおよそ見えてきます。目安として整理すると、次のようになります。

判断軸外部人材の活用が合う採用・駐在が合う
事業フェーズ企画調査/進出準備/立ち上げ立ち上げ後半/運営・拡大
現地の想定売上年間1億円未満、または未確定年間1億円以上が視野に入る
コミット期間3年未満、または撤退の可能性を残す5年以上の継続を前提にできる
対象国の確定度複数国を比較検討中進出国が確定している
業務量月ごとの変動が大きい常時フルタイムの業務がある
必要な役割調査・設計・折衝・進行管理現地組織のマネジメント・日常運営

※ すべての軸が同じ方向を指すとは限りません。フェーズは初期でも売上が急拡大している場合など、判断が割れるケースでは、まず外部人材で立ち上げながら並行して採用を進め、後から引き継ぐという移行設計が現実的です。

7. 関与レベルを段階的に設計するという考え方

同じ「外部人材」でも、関与の深さは3段階に分かれる

外部人材の活用を検討する際に見落とされがちなのが、ひとくちに外部といっても関与の深さがまったく違う、という点です。実務の世界では、おおむね三つのレベルに整理できます。

最も軽いのがアシスタントディレクターのレベルです。自社が方針と指示を出し、それに基づいて調査や資料作成、各種の手配といった実務を主体的に進めてもらう形になります。社内に海外事業を見られる人がいて、手が足りないだけという場合に適した関与レベルです。

次がディレクターのレベルです。自社と伴走しながら、担当領域については自走して推進してもらう形になります。何をすべきかの設計から一緒に考え、実行まで任せられる状態です。社内に海外事業の判断ができる人がいない、あるいは兼務でしか見られないという場合には、このレベルからが実用的でしょう。

最も深いのがプロジェクトマネージャーのレベルです。プロジェクト全体を統括し、経営層と直接やり取りしながら方針そのものを設計していく形になります。複数国の展開を同時に動かす場合や、投資規模が大きく経営判断の頻度が高い局面で選ばれます。

フェーズの進捗に合わせて関与レベルを上げていく

この三段階を知っておくことが有効なのは、事業の進捗に応じて関与レベルを移行できるからです。企画調査の段階ではアシスタントディレクターのレベルで情報を集め、進出の可否が固まった段階でディレクターに切り替えて実行を任せ、現地売上が立ち始めて意思決定の頻度が上がってきたらプロジェクトマネージャーに引き上げる。こうした設計にしておけば、事業の重さに体制の重さを合わせていくことができます。

採用の場合、この調整はできません。採用時点で決めた等級と処遇は、事業がどう転んでも簡単には変えられないからです。事業の進み方が読みきれない海外進出の初期において、体制の重さを後から調整できるかどうかは、想像以上に大きな差になります。

採用リスクを負わずに、必要な時期から動かす

もう一点、実務上の効果として大きいのが立ち上がりの早さです。採用の場合、求人から入社まで半年、戦力化までを含めれば1年近くを見込む必要があります。外部人材であれば、要件が固まっていれば即月から稼働できることも多く、その差はそのまま事業のスピードとして表れます。加えて、採用そのものに伴う教育コストや、想定と合わなかった場合の処遇の問題を抱え込まずに済みます。

なお、外部人材を活用する場合でも、実務担当者1名に任せきりにすれば属人化のリスクは同じように発生します。実務を担う人とは別に、定期的にレビューを行って進捗と判断の経緯を組織側に残す管理者がいる体制かどうか。支援先を選ぶ際には、この点を確認しておくことをおすすめします。

8. まとめ|コストの大小ではなく、フェーズとの噛み合わせで選ぶ

海外進出が止まる最大の理由は、市場でも資金でもなく、その事業を任せられる人がいないことです。そして人がいないという課題を、採用という一つの手段だけで解こうとすると、採用市場の薄さゆえに時間を失うか、駐在員という重い固定費を売上の立たない段階で抱え込むか、どちらかに行き着きます。

駐在員1名の年間コストは、ASEAN主要都市への家族帯同で2,000万円前後が一つの目安です。この固定費を回収するには、現地で年間1億円規模の売上が必要になります。逆にいえば、その規模が見えている段階では、駐在員を置くことは十分に合理的な投資です。問題は、その規模がまだ見えていない企画調査から立ち上げまでの段階に、同じ重さの体制を置いてしまうことにあります。

加えて、企画調査・進出準備・立ち上げ・運営という4つのフェーズは、求められる能力がそれぞれ異なります。1人に全部を担わせれば、上流の検討が薄くなるか、運営が回らなくなるかのどちらかが起こります。さらにその1人に依存する構造は、退職や帰任によって事業そのものが止まるリスクを常に抱えることになります。

自社が採用すべきか外部に置くべきかを考えるときは、事業フェーズ、現地の想定売上規模、コミットできる期間、そして対象国が確定しているかどうかという軸で整理してみてください。そのうえで、外部人材を使うのであれば、関与レベルを段階的に上げ下げできる体制かどうかを確認する。この二つを押さえておけば、海外事業の体制づくりで大きく判断を誤ることは少なくなるはずです。

海外事業は、正しい市場を選ぶことと同じくらい、その事業を進める体制を事業の重さに合わせて設計することが成否を分けます。人がいないから進まないという状態を、採用が決まるまで待ち続けるのではなく、いま動かせる体制から始める。その発想の切り替えが、最初の一歩になります。

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