訪日外国人向けクーポン施策ガイド|配布チャネルの選び方と景品表示法の上限額
訪日外国人の買い物には、いま年間2兆5,541億円が使われています。2025年の訪日外国人旅行消費額9兆4,549億円のうち、買物代は27.0%を占め、一般客1人当たりでは6万1千円にのぼります(出典:観光庁「インバウンド消費動向調査 2025年暦年の調査結果(確報)」)。
この財布に手を伸ばす手段として、クーポンはもっとも手軽です。ところが実際には、配ったまま使われずに終わるクーポンが少なくありません。原因の多くは、配る時期と場所が使われる場面と噛み合っていないことにあります。
もうひとつ見落とされやすいのが法規制です。「50%OFF」の元になる通常価格には販売実績の裏づけが要りますし、ノベルティを添えた瞬間に景品表示法の上限額がかかります。
この記事では、飲食店・小売店・宿泊施設の担当者に向けて、使われるクーポンの設計、配布チャネルの選び方、値引き表示と景品の法規制、そして効果の測り方までを実務ベースで整理します。
この記事でわかること
- ・旅マエ・旅ナカ・旅アトでクーポンの役割がどう変わるか
- ・値引きより「使い切れる特典」のほうが訪日客に刺さる理由
- ・SNS・無料Wi-Fi・地図アプリという配布チャネルの使い分け
- ・二重価格表示の8週間ルールと、総付景品・懸賞の上限額
- ・自店のみで使える割引券が景品規制の対象外になる理由
- ・クーポンコードの設計と回収率の読み方
▼この記事の目次
1. 訪日客にクーポンが効く場面・効かない場面
旅マエ・旅ナカ・旅アトで役割が変わる
訪日客向けのクーポンは、渡す時期によって果たす役割がまったく変わります。ここを揃えずに「とりあえず10%引き」を配ると、届いても使われません。
旅マエ、つまり訪日前の情報収集段階で渡すクーポンの役割は、値引きそのものではなく行き先リストに入ることです。まだ日程も行動範囲も固まっていない相手に割引率で訴えても響きません。この段階で効くのは「この店に行く理由」を作る特典で、しかも配布から利用まで数週間から数か月空きます。紙で渡しても捨てられるため、スマートフォンに保存でき、現地で再び見つけられる形式であることが前提になります。
旅ナカは滞在中です。すでに近くにいる相手に対して、追加の1品や2軒目の来店を促すのがクーポンの仕事になります。ここでは反応までの時間が短く、割引の効きも最も強く出ます。一方で、旅行者は移動中で手がふさがっており、アプリのインストールや会員登録を求めた時点で離脱します。提示までの手数をどれだけ減らせるかが成否を分けます。
旅アトは帰国後です。訪日客のリピート率は高く、次回来日時や越境ECでの購入につながる可能性があります。ただし有効期限の設計が難しく、短すぎれば使えず、長すぎれば忘れられます。次の旅行を考え始める時期に合わせて、有効期限を1年前後に取るのが現実的です。
「値引き」より「使い切れる特典」が刺さる理由
訪日客に配るクーポンで、日本人向けと同じ発想が通用しない点があります。それは滞在日数という制約です。
「次回使える500円引き」「2回目のご来店で20%OFF」といった再来店型の特典は、日本人客には有効でも、数日で帰国する旅行者にはほぼ意味を持ちません。同じ理由で、ポイントカードやスタンプの積み上げも機能しにくくなります。滞在中に使い切れない特典は、その場で価値がゼロと判断されます。
効くのはその場で完結する特典です。会計時に1品追加、ドリンク1杯無料、その場で渡せる小さな土産といった形は、旅行者にとって受け取りやすく、店側にとっても原価が読めます。
もうひとつ、金額そのものより体験に変わる特典が強く出やすいという特徴があります。旅行者は日本での時間を体験として持ち帰りたいと考えています。数百円の値引きより、その店でしか受け取れないもの、写真に撮って共有できるものを添えるほうが、満足度にも口コミにも効きます。買物代が1人当たり6万1千円という水準を踏まえれば、数百円の値引きが購入判断を動かす場面はそれほど多くありません。
そして特典を組む前に、必ず確認しておくべき線引きがあります。値引きにとどめるのか、物品を付けるのかです。この違いで、後述するとおり適用される法規制がまったく変わります。
2. 配布チャネルの選び方
旅マエに届ける:SNS・OTA・多言語メディア
旅マエのクーポンは、探している人の視界に入る場所へ置くのが基本です。自社サイトに置いただけでは、そのサイトにたどり着いた人しか見つけられません。
もっとも到達しやすいのはSNSです。ただし国籍によって主戦場が違います。中国本土からの旅行者であれば小紅書やWeChat、東南アジアや欧米圏であればInstagramやYouTubeが中心になります。ここでのクーポンは、単体で配るより投稿内容とセットにするほうが機能します。店の様子や商品を紹介する投稿の末尾に、保存できる形で特典を添える流れです。
OTA(オンライン旅行代理店)や予約サイトは、すでに来日を決めた層に届く点で効率が高いチャネルです。宿泊施設であれば予約完了メールに近隣店舗の特典を同梱でき、飲食店や体験事業者は宿泊施設と提携することでこの導線に乗れます。旅行者にとっても、宿が薦める店という信頼が付くため反応が良くなります。
多言語メディアや自治体の観光サイトは、掲載までの手間はかかるものの、公的な情報源として参照されやすい強みがあります。
いずれのチャネルでも共通するのは、「どこで、いつまで、何に使えるか」を1画面で伝えることです。翻訳した長文の利用規約は読まれません。店名、地図、有効期限、対象商品の4点が一目でわかるかどうかで、保存されるかが決まります。
旅ナカで拾わせる:店頭・無料Wi-Fi・地図アプリ
旅ナカのクーポンは、すでに近くにいる旅行者にどう気づかせるかが勝負です。ここで有効なのが、旅行者がすでに行っている行動に重ねる方法です。
無料Wi-Fiは、その代表格です。訪日客は到着後に通信手段を探し、店舗のWi-Fiに接続します。この接続後に表示されるページに特典を置けば、アプリのインストールも会員登録も不要で、旅行者はすでにスマートフォンを手にしています。手数の少なさという点で、旅ナカのクーポン配布としては理想に近い導線です。
地図アプリも外せません。訪日客は店を探すとき、まず地図アプリで現在地周辺を検索します。店舗情報に営業時間や多言語対応の有無とあわせて特典を記載しておけば、比較検討している段階で選ばれる材料になります。写真と口コミが整っていることが前提になる点は、通常の集客対策と同じです。
店頭は最後の一押しです。入るかどうか迷って立ち止まった相手に対し、店先の掲示で特典を示します。ここでは翻訳の精度より、金額と対象が視覚的にわかることが優先されます。
なお、店頭の掲示で価格を並べて示す場合は、次章で述べる表示規制の対象になります。「通常3,000円→2,000円」のような書き方は、掲示物であっても広告と同じ扱いを受けます。
3. 法規制:値引き表示と景品の上限額
二重価格表示と有利誤認を避ける書き方
クーポンで最初に気をつけるべきは、割引前の価格をどう示すかです。「通常価格」と割引後価格を並べる表示は二重価格表示と呼ばれ、その通常価格に実績が伴わなければ景品表示法の有利誤認表示にあたります。
判断の目安は消費者庁の価格表示ガイドラインに示されています。過去の販売価格を比較対照に使う場合、原則としてセール開始時点からさかのぼる8週間を対象に検討し、その商品が販売されていた期間が8週間に満たなければその期間で判断します。そのうえで、比較対照とする価格で販売していた期間が過半を占めていれば、「最近相当期間にわたって販売されていた価格」とみてよいとされています。
ただし例外があります。この条件を満たす場合でも、その価格で販売していた期間が通算2週間未満のとき、または最後にその価格で販売した日から2週間以上経過しているときは、比較対照価格として使えません(出典:消費者庁「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」)。
実務への落とし方は単純です。クーポンを打つ前に、その商品を通常価格でいつからいつまで売っていたかを記録として残しておくことです。ガイドラインでは、通常と異なる場所に陳列するなど販売形態が通常と違う場合や、比較対照価格にするための実績作りとして一時的にその価格で売っていたとみられる場合は「販売されていた」とはみなさないとされています。値札を一時的に高くしてから割り引く運用は通用しません。
なお「相当期間」は連続している必要はなく、断続的なセールでも通常価格の期間を全体として評価できます。また、実際に購入された実績まで求められるわけではありません。
総付景品・懸賞の上限額と、免税価格との関係
ここが多くの現場で混同されている論点です。結論から言えば、割引クーポンそのものに上限額の規制はかかりません。
景品表示法が上限を定めているのは「景品類」であり、値引きは景品類に含まれないためです。消費者庁は、対価の減額または割戻しであって正常な商慣習に照らして値引と認められるものは景品類に当たらず、景品規制の対象にならないとしています。自店のみで使える割引券はこれにあたります。自店と他店で共通して使える同額の割引券についても、正常な商慣習に照らして適当と認められるものは総付景品の規制が適用されません。
問題は物品を添えた瞬間です。購入者全員に配るノベルティは総付景品となり、取引価額が1,000円未満なら200円まで、1,000円以上なら取引価額の10分の2までが上限になります。3,000円の買い物なら600円までという計算です。
抽選形式にすると一般懸賞となり、取引価額5,000円未満なら取引価額の20倍、5,000円以上なら10万円が上限で、景品類の総額は売上予定総額の2%以内に収める必要があります。商店街などが共同で実施する共同懸賞であれば、上限は30万円、総額は売上予定総額の3%までとなります(出典:消費者庁「景品規制の概要」)。
さらに注意が要るのが組み合わせです。消費者庁は、同一の企画において値引きと景品類の提供を併せて行う場合は、値引きとは認められず景品類に該当するとしています。「10%引き、さらに先着100名に記念品」といった打ち出しは、値引き部分も含めて景品規制の枠内で考える必要があります。金銭か景品かを選ばせる形も同様に景品類扱いです。
免税販売と併用する場合は、レジ運用の変更も視野に入れてください。2026年11月1日の販売分からは、免税店はいったん税込価格で販売し、出国時に税関で持ち出しが確認された後に消費税相当額を返金するリファンド方式に移行します(出典:観光庁 消費税免税店サイト)。免税販売には購入金額の下限が定められているため、クーポンで値引きした結果その金額を下回れば免税の対象から外れます。値引き後の金額で下限を満たすかを、レジでの運用に組み込んでおく必要があります。
4. 効果測定
クーポンコードの設計と回収率の読み方
クーポン施策でもっとも多い失敗は、効果を測らずに続けてしまうことです。売上が伸びたかどうかだけを見ていると、割引がなくても買っていた客に値引きした分まで成果として数えてしまいます。
最低限やるべきは、配布チャネルごとに異なるコードを発行することです。SNS経由、宿泊施設経由、店頭配布でコードを分けておけば、レジで入力するだけでどの導線が効いたかが残ります。同じ「10%引き」でもコードを分けるだけで、次回どこに配るべきかが判断できるようになります。
見るべき指標は回収率、つまり配布数に対する利用数の割合です。回収率が低い場合、原因は配布場所か特典内容か有効期限のいずれかにあります。旅マエ配布で回収率が低ければ保存されずに忘れられている可能性が高く、旅ナカ配布で低ければ提示までの手数が多すぎることを疑います。
回収率と併せて見たいのが客単価の変化です。回収率が高くても客単価が値引き分だけ下がっているなら、既存客への割引に終わっています。逆に回収率が低くても、利用した客の単価が明確に高ければ、新規客を連れてきている可能性があります。
数字が集まったら、割引率を上げる前に配布場所と特典内容を見直してください。割引率の引き上げは利益を直接削る一方、配布場所の変更にはコストがかかりません。1品追加や体験型の特典に切り替えることで、原価を抑えたまま満足度を上げられる余地も残っています。
5. よくある質問(FAQ)
Q1. 割引クーポンにも景品表示法の上限額はかかりますか?
自店のみで使える割引券は「値引き」として扱われ、景品類に該当しないため景品規制の対象外です。ただし同一の企画で景品類の提供と併せて行う場合は値引きと認められず、景品類として上限額の規制がかかります。
Q2. ノベルティを付ける場合はいくらまで出せますか?
総付景品として、取引価額が1,000円未満なら200円まで、1,000円以上なら取引価額の10分の2までが上限です。抽選にする場合は一般懸賞となり、取引価額5,000円未満なら取引価額の20倍、5,000円以上なら10万円が上限で、総額は売上予定総額の2%以内に収める必要があります。
Q3. 「通常価格」と並べて割引後価格を表示してもよいですか?
その通常価格が実際に販売されていた実績を伴う必要があります。セール開始時点からさかのぼる8週間のうち、その価格で販売していた期間が過半を占めていることが目安です。通算2週間未満、または最後に販売した日から2週間以上経過している場合は、比較対照価格として使えません。
Q4. 訪日客のクーポンはいつ配るのが効果的ですか?
行き先を決める旅マエは来店動機づくり、滞在中の旅ナカは追加消費と再来店の促進というように、役割が変わります。旅マエは配布から利用まで日数が空くため保存されやすい形式が必要で、旅ナカは提示までの手数を減らすことが優先されます。
Q5. 訪日外国人の買い物にはどれくらいお金が使われていますか?
観光庁の調査では、2025年の訪日外国人旅行消費額9兆4,549億円のうち買物代は2兆5,541億円で、構成比27.0%を占めました。一般客1人当たりの買物代は6万1千円です。
Q6. クーポンの効果はどう測ればよいですか?
配布チャネルごとに異なるコードを発行し、配布数に対する利用数の割合である回収率を見ます。売上増だけを見ると、割引がなくても買っていた客の値引き分を成果として数えてしまうため、回収率と客単価の変化を併せて確認してください。
6. まとめ
訪日客の買物代は年間2兆5,541億円、旅行消費額の27.0%を占めます。この市場でクーポンを機能させる鍵は、割引率ではなく設計と配布場所にあります。
整理すると4点です。
1つ目は時期に役割を合わせること。旅マエは行き先リストに入るための動機づくり、旅ナカは追加消費の後押しです。
2つ目は滞在中に使い切れる特典にすること。次回来店型の特典は、数日で帰国する旅行者には価値がありません。
3つ目はすでにしている行動に重ねることです。無料Wi-Fiの接続後画面や地図アプリの店舗情報は、アプリのインストールも会員登録も求めずに届けられます。
4つ目はチャネル別コードで回収率を測ること。売上増だけを見ると、値引きしなくても買った客への割引を成果と誤認します。
そして法規制です。自店のみの割引券に上限額はかかりませんが、ノベルティを添えた瞬間に総付景品の上限(1,000円未満なら200円、1,000円以上なら取引価額の10分の2)が効きます。値引きと景品を同一企画で組み合わせた場合は、値引き部分も景品類として扱われます。通常価格を並べて示すなら、8週間ルールを満たす販売実績を記録として残しておいてください。
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クーポン施策は、特典の設計だけでなく、国籍ごとの配布チャネルの選定、多言語クリエイティブの制作、表示規制のチェック、効果測定の仕組みづくりまでが一続きになっています。インバウンド領域に実績のある企業に相談することで、自社の業種と商圏に合った打ち手を無駄なく組み立てられます。
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参考文献
・観光庁「インバウンド消費動向調査 2025年暦年の調査結果(確報)の概要」(2026年3月)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001992584.pdf
・消費者庁「景品規制の概要」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/premium_regulation
・消費者庁「総付景品について」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/faq/premium/not_lotteries
・消費者庁「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/guideline/pdf/100121premiums_35.pdf
・観光庁 消費税免税店サイト「リファンド方式への移行」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/tax-free/page01_000001_00019.html
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